ゆきたんぶろぐ

編み物の事だけ書いたブログを別にしました。 編み物だけ見たい方はこちらにどうぞ。 https://senachester7-amiami.blog.jp/

福島

メヒコのカニピラフ

先日、イオンをブラブラしていたら思わぬものを発見

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メヒコのカニピラフですよ。
これ、すごく美味しいの~

メヒコのカニピラフとの出会いは、覚えていないほど遠い昔です。
父の故郷は福島で、今は高速が伸びてダイレクトに実家のすぐそばまで行かれるのですが、
昔はいわきの辺りまでしか高速が来ていなくて、
いわきの周辺には兄弟が何人もいるしで、小名浜あたりで寄り道をします。
その小名浜にある三崎公園にメヒコがあったんです。
で、何度もそこで食べたりカニピラフを買いました。

福島に行った時しか食べられない味だと思っていたら、
最近はネットで色々と調べられるでしょ、
関東にも何軒かメヒコがあることが分かりましたよ。
と言っても、もう10年以上前からだけど。

娘がアメリカに留学する際、母や兄家族と食事会をしたのですが、
その時のお店はメヒコを選びました。
基本的にはシーフードレストランですが肉料理もあります。
フラミンゴが居る店舗もあります。
関東にあるあちこちのメヒコに行きました。

小さな店舗ですが浅草にもあります。
毎年初詣に浅草寺に行くのですが、いつも最初にメヒコに行って
カニピラフの折り詰めを注文してからお参りをしたり、
仲見世や商店街を見て遊んでメヒコでカニピラフを受け取って帰ります。
今年も買ってきました。
最近は一年に一度の味でした。

そんなメヒコのカニピラフにイオンで出会えるなんて

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どこで作られてるんだろうと思ったら守谷だった!

ちゃんと店舗で作られてるんだね。
どこかの工場が作った「メヒコ監修」ではない。
これは同じ味だと安心
メヒコのカニピラフは賞味期限と共に時間まで書いてあるんです。
荷物になるからイオンを見終わってから買いたかったのですが、
無くなってしまいそうだったのですぐに買いました。
次々に売れていましたよ、知っている人は知っているんだねぇ。
3000円もするのにね。

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殻付きとむき身があって、殻付きは見た目に豪華ですが食べるのが面倒くさい。
我が家はいつもむき身を買います。
カニと数本のパプリカしか入ってないのに、これが何だか美味しいんですよね~
ホント、不思議だ。
何でこんなに美味しいの?って思いながらいつも食べる。
3000円の価値は十分あるね。

思わぬところで美味しいメヒコのカニピラフが食べられたお話でした。

母の味

もう木曜日ですが、先日の日曜日の事です。

夫がつくばサーキットまでレースを観に行くと言って、
途中で降ろしてあげるから行く?と言いました。
茨城の那珂に知り合いがいます。
で、行って来ました。


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常磐道、友部に着いたのは9時ころですがガラガラでした。
あんまり混んでいるのも嫌だけどこんなに空いているとちょっとつまらないね。
活気がなくて、コロナのせいだと思うけど、早く元に戻って欲しい。

友人はしょっちゅう自宅の畑で採れた野菜を送ってくれて、
LINEや電話で話をしているのだけれど、会うのは3年ぶりくらい。
たわいもないおしゃべりを楽しむだけのつもりが、
すぐそばに竹山があるから竹の子を取りに行こう・・ってなって。
もちろんその竹山の持ち主には許可を頂いてますが。

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ここ、車で2~3分もかからない、歩いても行かれるのだけど、
竹の子掘りの道具、鍬って言うの?よくわからないけどそんな持ち物や、
掘った竹の子を持って来なきゃならないから一応車で。

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あったー!
竹の子って、こんな風に生えてるんだ~!
初めて見たよ。

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あちこちにポコポコって生えてる。

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採れたての竹の子

採るのは生えてる向き?があるみたいで、
私にはどこを掘ったらいいのか分からなかった。
知り合いのご主人が採ってくれました。

ほんの数分だけどすごく楽しかったです。
って、私は何もせずに見てただけだったけど。
竹の子掘りなんて初めての体験


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いつも送ってくれる野菜が採れるお友達の家の裏庭の畑。
お天気も良くて、絵に描いた様なのどかな風景。
父の実家、福島みたい。

父の実家は富岡で原発事故のため、もうありません。
なので故郷(厳密には父の故郷)から野菜が送られて来る事はもうなくて、
本当に寂しい。
そんな福島の風景によく似てる。

畑でいろんな野菜を見せてもらったり、
菜の花を摘んだりしていたら・・

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トカゲ

田舎暮らしもたまには良さそうだけど、自然が相手は大変だと思う。
虫も昆虫も、爬虫類も怖いもん。

尽きないおしゃべりをして、
お土産に野菜やお米まで頂いて、
お昼ご飯をご馳走になって、大満足で帰って来ました


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もう食べちゃってから写真を思い出して・・
最近すっかりブログ用に写真撮るの忘れてます

竹の子、蕗、身欠き鰊の煮もの。
うちでは味噌味で煮ます。

今迄は毎年母が煮てくれたのをもらってきて食べていたんだけど、
その母はもういない。
自分で作らないと食べられない。
そんな時、あんなに口やかましくて鬱陶しかった母が恋しいと思う。
淋しいです。

でもね、同じ味に煮れるよ。
さんざん子供の頃から手伝わされて育ったのでね。
母が大好きだったこの竹の子の煮もの。
母にも食べさせてあげたくて、兄の家に持って行きました。
仏壇に供えてくれたかな。

うちの家族はいつも母からこの竹の子を食べさせられていたので、
この煮物が大好きです。
すごくいっぱいもらってきて全部煮たのに二日で食べきりました。
今シーズン、もう一回は食べたいねと言っています。

確かに美味しいんだけどさー・・
あく抜きする為に糠で煮る大鍋を出すのが大変なんだよ~
狭いキッチンでさー・・大鍋
キッチンコンロ、75㎝にしようか迷ったんだけど、
それだと調理スペースが狭くなるからやめた。
でも最近、75㎝にしとけば良かったなー・・って思うことが多いです。

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そう言えばこの日はサバの塩焼きを作ったんです。
ラ・クックのオートメニューです。
蓋をして焼くと焦げ目がつかなくて美味しくないという人が居ますが、
ちゃんと焦げ目がつきますよ。
しかも遠赤外線のお陰でふっくら柔らか。
一度もひっくり返さずに自動で美味しく焼けます。
買って良かったよ~


父のお墓

過ぎてしまいましたがお彼岸でした。

連休は仕事だったので21日の彼岸の入りに実家に行ってきました。
父が大好きだったカサブランカとシンビジウムを買っていき、
おはぎとともにお供えしました。

父のお墓は福島の原発のある富岡町なので今まで避難区域で入れませんでした。
父の墓石が地震で倒れていると本家の跡をとっているいとこから聞いていましたが、
入れないのでどうすることも出来ませんでした。

いとこは福島市内に避難しています。
本家のお墓がある境内に父は自分で自分のお墓を生前のうちに用意して逝きました。
子でも達(兄と私)に負担にならないように、との父の思いです。

最近、住人以外でも一時的になら入ることが出来るようになり、
春のお彼岸に兄がお墓を見に行ってきました。
教えてもらった通り墓石が倒れていたそうです。
他のお墓もみんな墓石が倒れていたと言っていました。

その時にちょうど市内から来ていた本家のいとこに会い、
本家は墓石を直す予定だけど叔父さん(私の父)はどうする?と聞かれたそうで、
兄は一緒に直してもらいたいと伝えたそうなんです、後から聞きました。

私は本心は父のお墓をこちらに移したいです。

でもお墓を移動するということは簡単ではなくて、檀家としての務めや宗派云々、
こちらのお墓はすごく高いし、一つ返事で「はいよっ!」って訳にはいきません。
第一、死んだら自分が生まれ育った福島の実家のお墓へ、という父の遺志があります。
さすがに父は跡取りではないから自分の親と一緒のお墓にははいれませんから、
そこで自分で用意したわけです。

田舎のお墓はとても大きくゆったりとしています。
墓石は大きく、玉石を敷きつめて灯篭も建てました。
こちらでその広さのお墓を用意するなんて到底できません。

もう少し様子を見てからでもいいんじゃない?
どうせ今まで原発で入れなくて放っておいたんだから・・
お彼岸の数日前も震度5強の地震がありました。
今直してもまた倒れたりしちゃうんじゃない?・・・


でも、今回のお彼岸前にお墓は直ったそうです。
お墓が直ったということは、お墓詣りも再開しなくてはなりません。

でも・・私は東電は信頼できないので私は富岡に行きたくありません。
お墓も簡単に移動することはできません。
何だかもんもんとした気持ちでいます。


父が生前、自分のお墓を富岡に用意しようと考えたとき、
今、跡をとっているいとこに相談したそうです。
その時、高速道路が富岡まで延びて私たちが川口から通いやすくなる、
というのも決定打になったらしいです、その時はまだいわきまでしか通っていませんでした。
田舎はまだ長男が跡取り、墓守は当然の務めという時代。
いとこは娘が二人なので、
「叔父さん、俺が生きてる間は叔父さんの墓も俺が守るよ。
でも娘の代になったら約束は出来ない、娘にも意志があるから。
それでも良かったらここに墓を買えばいいよ、」といったそうです。 
いとこは父との約束通り、ずーっと実質的な墓守をしてくれました。
私たちは金銭的な檀家の務めと年に4回の墓参りだけ。
夏の暑い日も、冬の寒い日もいつもきれいにお墓を掃除してくれていました。
いとこにお礼を言うと、
「俺は叔父さんにいつも可愛がってもらったから。」と言ってくれます。

いとこは娘が二人。
一人はお嫁に行きましたが長女は残っています。
一応、跡取り、というのも足かせになっているかもしれません。

今後、母も亡くなったらあそこに入るでしょう。
もはや現在は長男長女だらけの家族制度。
私は嫁に行った身ですから実家の跡取りは兄。

兄は娘が一人だけ・・・
その娘は「私は三軒の墓守なんて出来ない」と嘆いています。
自分はお嫁に行きたいから、
①嫁入り先のお墓
②実家のお墓(親である兄、私の父のお墓、福島)
③母方のお墓(親である兄の嫁の実家も義姉が見るしかない状態、静岡)
中学3年生の姪が悩まなきゃならないなんて可愛そうです。

これから先・・

私は自分が死んだら山に散骨で良いなぁと考えています。

ひとり花見

今朝、夫が仕事に出かけたと思ったらすぐに電話が・・

どうしたのかしら、忘れものかな?
そしたらね、「桜が綺麗だよ、まだ散ってない。」と言う電話でした。

昨夜、今年は桜を見損ねたと私が言っていたのでした。
都内の桜が満開だとニュースで言っていたし、
娘も都内でお花見をしてきたのですが、
こちらはまだ咲いていないよねー・・と思っていたんです。

でも実は咲いていないのではなくて、私が気付かなかっただけでした。
毎日毎日、仕事場と家の往復だけ。
仕事帰りに夕飯の買い物もしてしまうし、桜があるところを通らなかった・・

今日は三連休の最終日。
昨日は一日中雨だったからもう桜は散ってしまったかと思っていたんだけど、
まだ大丈夫だと夫が知らせてくれました。

そうだ、今日は桜を見に行こう!

このところ、毎年行ってる以前住んでいたところ・・・
あそこの桜を見に行かなくっちゃ

車で15分ほどのところです。

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咲いていましたよー!
満開でした。

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川沿いにずーっと桜並木が続いています。
ここは毎日通っていた道。

川沿いに息子が通っていた小学校があったので
毎朝、車で学校に送っていき夕方迎えに行きました。
そして夕飯の買い物もこの道を通っていきます。
一日に何回も通った道。
満開の桜の下を通るのも良いんだけど散り際がまた素晴らしい。
春の暖かな風の中、桜吹雪になるのです。

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福島の夜の森公園の桜は今年も咲いているのだろうか・・・
父が大好きだった夜の森の桜。
今は原発で立ち入りが出来ない。
誰にも見てもらえずにひっそり咲いているのかな・・

父の病気が分かったのも桜の季節だった。
父は夜の森の桜が見たいと言っていた。
実家のそばの公園の桜、母が枝を折って父の病室に持って行ったっけ。

お父さん、
お父さんが愛した夜の森の桜、見に行かれません。
大好きだった福島の富岡町、これからどうなってしまうんでしょうね・・
こんな事になってるなんて夢にも思っていないでしょうね・・
それとも・・あの世からは全部お見通しかな?


しばらくの間桜を観賞してきました。
毎年、お弁当なし、お酒なしのひとり花見です。
のんびりとお散歩してきました。

見損ねたと思って今年はもう諦めていたここの桜。
見られたからなんだか元気が出てきた気がする。
また来年の桜まで頑張ろう・・


帰って来て夕方ももことあんずのワクチンに行きました。
本当は先月だったのに連れて行っていなくてずっと気になっていたんです。
獣医さんは混んでるし、2匹を連れて行くのも大変で億劫になってしまって・・

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息子がいたので手伝わせてなんとか2匹捕獲。
今年も無事にワクチンを打てました。
ももこ、5.6kg
あんず、4,7kg
ちびちびだと思っていたのにもう8歳すぎていましたよ、
立派なシニアの仲間入りです。
これからもこのまま元気でいて欲しいな。
セナみたいにせめて20歳までは一緒にいたいね。

明日から四連勤。
三日も休むとお仕事行くのが面倒になっちゃうなー。
でも頑張って行きますよーーー!

私の福島

今日はいよいよGW最終日。

高速道路は混んでいるのでしょうね。
我が家は何処へも行かないとは言いながらも、家にじっとしていられない夫です。
ちょこちょこ出かけているので、おうち大好き派の私はもう疲れています。
明日からは平日、嬉しいなぁ。
夫がいる毎日も良いですけど、いない毎日もそれはそれで良いもんですわ。


お正月やGWやお盆、人類大移動の季節になると故郷について考えます。
私は殆どこの辺りで暮らしているので、実家は2kmくらいだし、
故郷という感覚がよくわかりません。

父は福島県、今はかつてないほど有名になってしまった富岡町出身、
母は新潟県、これまた雅子妃で有名になってしまった村上市出身。

母はこの連休に兄と二人で村上に行って来ました。
たくさんのお土産、海の幸、山の幸(山菜)を兄弟に頂いてきました。


父の実家の福島県富岡町の思い出は・・・

子供のころは毎年2回くらい行っていました。
でも父は行けば必ず朝から兄弟と飲み始めてしまうし、父にとっては実家なので
特に行きたい所などないのでしょう、お正月やお盆は親戚がたくさん集まっているし。
だから子供の私たちは従兄と遊ぶのが唯一の楽しみで、
福島そのものの観光など全然したことがありませんでした。
何もないところ・・というイメージだったのです。

福島は実際は目立たないけど観光地がたくさんあります。
大人になって、自分たちで出かけるようになってからは、かなり回りました。

昔の父の実家はホントに田舎でのどかな町。
夏休みに汽車で私と兄二人で行って、おじさんが駅に迎えに来てくれ
1カ月とか泊っていたり、私の友達も一緒に行って泊ったりしていた事もあります。

トイレは離れで当然ポッちゃんトイレ?夜中に行くのが怖かった。
お風呂も離れで薪の五右衛門風呂、
入る時に気をつけないと足元の板がひっくり返ってしまいます。
従兄達とワイワイ言いながらとても楽しく入るお風呂、
あまり水でうめると後からまた薪を炊かないとならないから熱くても我慢。
それでもぬるいとよく怒られたっけ・・

土間があって井戸水をカメに入れておきます。
スイカやヤギのお乳などは道のわきにある川(生活用水?)につないで冷やす。
その水は洗濯したり、洗い物したり、飲み水にこそしなかったけど
今考えると汚い?でも当時はとても綺麗に透き通っていて夏は冷たくて気持ち良く、
さんざん遊んだ汗だくの体の泥など落としたりしました。

井戸なんて当然体験したことがありませんから、私は上手に水が出ない。
従兄達は毎日井戸からカメに水を入れてますから上手でした。

盆踊りは真っ暗な道、懐中電灯を持って行きました。
一人1個持っていないと、暗くて歩けないほど真っ暗、怖かった。

田舎の朝は早くて、6時ころになると寝ている私の鼻を葉っぱで従兄がくすぐります。
従兄達はもう庭掃除や草むしりなど、子供の一仕事を終えているのです。
早く起きて遊ぼうよ、というお誘い。

東京のおじさん(ホントは埼玉だけど)と都会っ子という設定。
何をやっても、垢ぬけてるね、などと言われて隣近所の子も集まってきました。
いる間中、田んぼや畑で遊んだり、川に泳ぎに行ったり、
それは楽しい思い出ばかり。
まだ自家用車すら珍しい時代のことです。

そんな田舎の家もおばあちゃんが亡くなっておじさんが建て替えました。
かなり前、もう何十年も前のことですが、私の中の田舎は昔の家です。

おじさんが建て替えた家は、それでも昔の家です。
水道が引かれ、トイレもお風呂も家の中になりました。
でも客間は12畳の部屋が3つも並び襖を外すと大広間になるような家でした。
後に唯一の洋間の応接間や大きくなった従兄の離れ等が増築されました。

前は火鉢などいくつもあったし、掘りごたつだった。
おばあちゃんがいつも猫を抱いて前にいたダルマストーブもなくなった。
おじさんは嬉しそうだったけど、ちょっと私は淋しかったですね。
蔵もあったっけ・・蛇が出るとか出ないとか聞いて恐かった。


そんな家も
おじさんが数年前に亡くなり今度は従兄が大々的にリフォーム。
エアコンが入り、キッチンはなんとオール電化に。
田舎の暮らしはこちらよりずっとリッチ。
大きなTV、ソーラーパネル、自家用車は一人に一台になりました。


そこに、あの震災でした。

富岡町は第一原発からすぐ近く、第二原発は富岡町にあります。
すぐに連絡しましたが電話はつながらず、避難先は何度も変わり、
避難先からまた避難という状態。
グーグルで探しやっと手がかりをつかんだのはかなり後のことです。
従兄達はペットを連れて自家用車で出たのでなかなか見つからなかったのでした。
避難の途中で連れていたビーグル犬ゴン太は車の中で抱かれたまま亡くなったそうです。
避難先は二本松、ゴン太はもう年寄りだったので寒さが耐えられなかったようでした。
車の中で毛布にくるまって犬と過ごしたそうですが、寒くて寒くて、
飲み水が車の中でも凍ってしまうほど寒かったのだそうです。
人間も大変ですが、動物たちも大変、命に変わりはありません。

現在従兄達は福島市内にいます。
置いてきた猫二匹も今は連れ戻せて一緒に暮らしていますが狭い家です。
それでも家族みな無事なのだから、ヨシとしましょう。

おばさんは知らない土地で知り合いもいなく精神的にかなりきつかったようで、
残念ながら、痴呆が出てしまいました。
お嫁さんに辛く当たり、お嫁さんも参ってしまい一時は鬱状態に。
でも最近はおばさんが昼間デイサービスに行くようになり、
お嫁さんも少し自分を取り戻せるようになったそうで元気になりました。
おばさんもデイサービスでお友達が出来、痴呆もちょっとだけ落ち着いてきたそうです。
仲良しの姑と嫁だったのです、こんなことさえなければ・・


父は18年前に亡くなり、実家の境内の中に自分のお墓を用意してありました。
富岡インター下りてすぐのところです。
父が生きていた時は、父は現役でしたので仕事がありましたから、
田舎に行くのはせいぜい年に2回くらい。
父が亡くなり、私たちは年に4回もお墓参りに福島へ行くようになりました。
一番行きたかったはずの父よりもたくさん行っています。

18年間、年に4回も行くのは時には都合の悪い時もあり、結構大変です。
実質墓守してくれている(掃除などありますから)従兄達、お寺、
お花やお土産、心ばかりですけど、高速代やガソリン代など、
兄はサラリーマンだし、負担は小さくありません。
私たち夫婦と兄夫婦で変わり番こに行くようにしていました。

お父さん、こんな田舎にお墓作らなくても良かったのにな~・・・
つい、愚痴が出る時もありました。
でも自分が死んだら田舎に帰って、親が眠っている境内に一緒に眠りたいと、
父が選んだお墓なので、こちらに持ってくるつもりもなかったのでした。

現在、お墓はそのまんま。
従兄の情報では、一時帰宅の際見に行ったら、墓石が倒れてたそうです。
でもどうにもなりません。
生きている人優先です、お墓は二の次。
別の場所に共同墓地を・・と住職さん達が東電に訴えているようですが、
見通しはついていません。

従兄やおばさん達、
先が見えないことが一番辛いと言います。
ダメならダメでどこか別のところに住まいを構える・・という選択肢も見据え始めているよう。
おばさんはその話が出ると、いきなり怒りだすそうです。
でもね・・・体に害がある所じゃ戻れないでしょう?

まだまだ福島の復興は遅れています。
ホントに原発さえなければ・・・
でも原発で生活が支えられていたのも事実。
他の従兄達はまだ原発で働いています、後処理をしているのです。

思いは複雑です。

思いは重い。
親戚はいわきなど、福島にたくさんいます。
早く元の生活になるように・・・

大型連休になると故郷について考えます。
なが~~~いお話にお付き合い下さりまして、どうもありがとうございました。

福島へ行って来ました

夫が仕事で福島へ行く事になっていました。

午前中仕事をして終わってからは帰っても時間的に仕事にならないから
その日はもうお終いにすると言うので、ずっと気になっていた親戚に会いに行く事にしました。
父の実家、原発で避難区域に指定されている富岡町の伯母さんや従兄です。

一時はどこに避難しているのかわからなくて探しました。
いろいろといきさつはありますが、今は省略します・・
私の母と兄は、もう二度ほど避難先にお見舞いに行っています。

避難先を何度も変わり、前日にもまた変わっていました。
元々は犬や猫を飼っていたのです。
原発で避難する際年老いたビーグル犬を連れて行ったため
自分の車中で寝泊まりしていたそうです。
しかし最初の避難先の二本松はとても寒くて年老いた犬には耐えきれなかったのです。
車の中で温かくしてあげようと努力したそうですが
飲ませようとペットボトルに入れておく水が夜に凍ってしまうほど・・
従兄もカイロをいくつも貼っていたそうですが犬は亡くなったそうです。
可哀そうに、原発がなくて今まで通りの生活だったらまだ生きていられたのに・・
従兄は「まだ涙がこぼれる」と泣いていました。

避難するアパートが見つかり少し落ち着いて来ていたのですが、
今回、猫を連れてきたのでペット禁止のアパートだったので引っ越しになったそうです。
昨日は引っ越して二日目。
普通ならとんでもない荷物の中のはずですが、避難中の引っ越しです。
荷物もたいしてなくもうすっかり片付いていました。
元気に生き延びた猫さんが二匹いました。


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行きのサービスエリアで見た自衛隊の車。

朝五時半に家を出発して東北自動車道に乗りました。
夫の仕事先は飯坂です。
地震の影響で道路に陥没がいくつかあると兄から聞いていましたが
もう補修されたのかほとんどありませんでした。
地震や津波の影響が大きかったのは福島県では「浜通り」と呼ばれている海側。
東北自動車道が通っているのは「中通り」と呼ばれている方で
道路から見る限りはそんなに崩れた家や建物はなかったです。
自衛隊の車に「災害派遣」と書かれているのを見て少しリアルさが増したくらいです。

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夫の仕事が終わるのを車の中で待っていました。
昼すぎに仕事が終わり、後は親戚を訪ねる事に。

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途中で見つけた、さくらんぼの自動販売機。
野菜の自動販売機もあってトマトなどが入っていました。

お昼時なので何か食べてから行こうと入った定食屋さんの入り口です。

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左側にも、もっとたくさん貼ってありました。
「頑張れ東北。頑張れ福島」とのぼりもたくさん、あちこちで見ました。
涙が出そうになりました。


実は、ココまでは長~い前置きです。

本当に言いたい事・・・
辛い事です、簡単に書きます。

原発で国から避難させられた伯母さんは痴呆が始まってしまいました。
一緒に住んでいる従兄によると、一年くらい前から少し変だったそうです。
でも地震後いきなり別人のようになってしまったみたいです。
伯母さんは私にも何度も言うのです。
「嫁がお財布からお金を抜いてる、通帳のハンコを隠す、携帯まで隠す。」と・・
これは典型的な痴呆の症状です。

伯母さんの顔は生気が無く見る影もなくなっていました。
お嫁さんは人相が変わっていました。
伯母さんは、知ってる人も全然いない、もう生きていたくない、と言います。
お嫁さんに、生きたくたって生きられない人が沢山いるのにそんな事言ったらダメ、
と言われていました。

伯母さんもお嫁さんも、いっぱいいっぱいなんだ・・・と感じました。
お嫁さんは田舎の本家の長男の嫁として本当に今まで一生懸命にやってくれています。
姑さんにそんな事を言われて病気なんだと思うけど辛いとこぼしました。

伯母さんを少し母のところに連れてくる事にしました。
伯母さんもお嫁さんも少しは気分転換になるかもしれませんから。

伯母さんは地震で畑仕事も出来なくなり生きがいを失っています。
原発は本当に罪深いものです。
国は「生命」は守ったかもしれないけれど、
人々の「人生」を奪いました。
80歳になって家も生き甲斐も人生そのもの、全て奪われてしまったのです。

「じゃあ伯母ちゃん、行こうか。」と言って一緒に車に乗り帰って来ました。
車中、ずーっとお金を盗まれるとかハンコを隠されるとか言いながら
伯母さんは泣いていました。
(くれぐれもそんな事実はありません、伯母さんは完全に痴呆です)

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帰りはヒドイ雨。
走っていて時々前が見えなくなるほどです。

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それなのに時々虹

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雨が降っているのに虹です。
帰って来たらこちらはひと粒の雨も降らなかったそうです。

泣いている伯母さんを連れてとても複雑な気持ちで帰って来ました。
原発について言いたいことは山ほどあります。
でも、今回はあえて書きません。

原発さえなければ・・・
そう、書き置きして自殺した人がいましたね・・

悲しくて辛い福島行きになりました。

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唯一のお土産、
福島のさくらんぼです。

お墓参り

お彼岸でしたので、父の墓参りに行って来ました。

父のお墓は、福島県双葉郡富岡町と言うところにあります。
父は生前、子供たちに負担をかけたくないと、墓地を買い墓石を建て、
すべて自分でやって逝きました。
63歳で一生を終え、今年は17回忌でした。
父は7人兄弟の末っ子で、兄弟はすでに皆故人となっているので
私たちだけで、お坊さんにお経を唱えていただき、あげ法事にしました。

お墓は、父の生家のお墓と同じお寺にあります。
末っ子ですから、本家のお墓には入れません。
甘えん坊のお母さんっ子だった父は、親と同じお墓に入りたかったかも
知れません。せめて、親と同じお寺に入りたかったのでしょうか。
死んだら、生まれ故郷に帰りたかったのでしょうか。
どんなつもりで、そこにお墓をきめたのか。

二回のお彼岸、お盆、暮れのお勤め。
今流行りの、永代供養の庭園墓地とは違って、お寺の檀家になるわけですから、
いろいろとあり、一年に4回もお墓に行きます。
父の生家から歩いて5分もあれば着くお墓。

父の生家も代が代わり、今は従兄の代です。
年に4回も、わらわらと従兄やら伯母さん達がやってくるのも
どうかと思うんですが、すぐ近くのお墓参りに来て実家に顔を出さない、
というのも、なんですよね・・
従兄(実際は従兄のお嫁さんだと思うんですけど)がいつも、
お墓の掃除もしてくれて、綺麗にしてくれています。
私たちは、お花を供えて檀家として、お布施を勤めるだけ・・
申し訳ないから、掃除はお墓参りの際にするから、というと、
「叔父さんの墓なんだから」と言ってくれます。
私たち従兄同士の間は、お墓は守るよ。
でも、そのあとは何にも約束できないけど、と・・

父の実家を継いでいる従兄は、娘が二人。
今のご時世からして、二人ともお嫁に行くかも知れません。
ずーっと続いている墓守がある家になんか、婿養子など
なかなか来てくれる人もいないでしょうし・・

私は兄と二人兄弟。
兄は、将来はお墓を近くに移したいように言っていますが、
父が自分で建てたお墓ですから、どうしたものか?と思います。
生まれ故郷で眠りたいんじゃないの?と思うし、
福島は、行かれない距離ではないけど、
年に4回も日帰りするのは、結構負担です。
ま・兄のところも娘が一人きりだから、どうなることか・・・?
先のことは誰にもわかりませんけど。



お出かけが続いて、少々くたびれました。
今日はのんびりと家事をしています。
私には共働きなんて、とても出来そうにないです。

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