ゆきたんぶろぐ

編み物の事だけ書いたブログを別にしました。 編み物だけ見たい方はこちらにどうぞ。 https://senachester7-amiami.blog.jp/

検診

乳がん検診はクリア出来ました

最近暑いですね。

もう沖縄は梅雨入りしてるし九州も?
梅雨も嫌だけどその後の真夏がもっと嫌だなぁ。
最近の真夏は殺人的な暑さですもんね。
外で仕事をしている人は命がけと言っても過言ではない。
更にマスクでしょ、もう嫌になる。
今日は曇りでちょっとマシ。


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カメちゃん、垂れてます。


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暑いよね


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カメちゃんは猫が近くにいると警戒するけれど、人間は大丈夫。
自分が猫だって分かってるのかな?


さて、先月乳がんの6年終了後の検査をしたので、
先日結果を聞くために診察がありました。
おかげさまで無事通過。

乳がんになったのは運だと思っています。
同じ生活をしていたってなる人もならない人もいる。
さらに乳がんの種類。
ホルモン依存があるとか、顔つきや進行の早さ。
それらも自分がどの乳がんになってしまうのか、全然選べない。
第一、選べるならがんなんてなりたくないし!
そんな乳がんの種類も運だよね~・・と思っている。
取りあえず今のところは私は運が良かったのかなぁ?
検診で早くにがんを見つけてもらえたおかげで助かっています。
無事に7年生に進級出来ました。
どこで止まってしまうのか、
乳がんは一生不安は無くならないんだろうな・・

生きているうちが花。
やりたいことをやって充実した毎日を送りたいです。


と言うことで・・
お仕事は今月いっぱいで辞めることにしました。



アメリカからのお客様

今月の頭からお客様が見えていました。

去年アメリカに行った時、
二週間は娘の所に泊りニューヨークやニュージャージー観光、
その後娘も一緒にカリフォルニアに一週間。
その時に泊めて頂いたお友達です。
その前にも日本に来た時我が家に泊っていただいているので三年連続で会えました。

もとは息子の心臓病フレンズ。
彼らがお父さんの仕事の都合でアメリカに帰って15年。
ご縁があったのか、こうして交流が続いています。

入院する周期が一緒なのか、何度も会う。
病院でだいたいの子は二週間ぐらいで手術を終え退院していく中、
うちの息子とこのK君はなかなか退院出来ずにいました。
重症患者は二人部屋。
若かった私達、性格もタイプもまるで違うけど心臓病のわが子を抱えた環境は同じ。
退院後も一緒に日にちを合わせて検診に行っていました。

今回はその病院の先生に検診してもらう目的もあり、
更にアメリカから取った予約日も一緒。
本当にご縁があります。
我が家から一緒に行きました。

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15年ぶりの主治医と再会。
こうして元気になれたのも先生方のおかげです。
K君と先生と息子。
元気になれた子供たちに会えるのはきっと先生も嬉しかったと思う。
(息子は3か月毎に検診に行ってますが)

ママと会うと、病院で付き添っていた時の事を想いだします。
つい昨日の事のようです。
あの時、こんなに元気になれるなんて想像も出来なかった。
医学の進歩に感謝。


さて、
一昨年の帰国の際も泊ってもらっていろいろと遊びに行ったのですが、
今年は梅雨時、お天気も悪く、あまり出掛けられなかったけれど、
ご希望の秋葉原に行ったり、大仏を見に行ったりしました。
前回は鎌倉の大仏(アメリカ人、大仏好きです)

今回は大谷の資料館に行きました。
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ずーっと雨だったのに私たちが行動する時間だけ雨がやむ。
晴れ男、晴れ女は誰だ?

大谷石の採掘場が資料館になっていて見学出来ます。
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資料館の中はひんやり~
寒い。

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幻想的な採掘跡。
所々照明でアートな空間になっています。
ここを選んだのはK君が自然が好き、石が好き、という理由もあります。

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仮屋崎省吾さんの作品。
アートですねぇ。

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K君は仏様も好き。

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平和観音は宇都宮市の中心街から約8キロメートル西方に位置する大谷町にある。太平洋戦争の戦死者を追悼するため、終戦後間もない昭和23年(1948年)から6年かけて大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手彫りで彫られた像高88尺8寸8分(26.93メートル)、胴回り20メートルの石造観音菩薩立像である。竣工は昭和29年(1954年)、開眼は昭和31年(1956年5月4日。飛田朝次郎が製作した。なお、平和観音は大谷寺のお前立ち観音になる。また、「大谷観音」の呼び名は大谷寺の大谷磨崖仏を指す。

像の前は広場となっており、平和観音像を目前に憩うことができる。また像周縁には階段・通路が整備され間近で見ることも可能であり、像上から大谷の町を見晴らすこともできる。
(ウィキペディア)

一昨年鎌倉の大仏様を見に行った時の記事はコチラ

あとは近場のモールに行ったり、
子供たちは大好きな日本のコンビニを楽しんだりしていました。
アメリカでは子供だけで家を出ることは危険なので出来ません、
信じられませんねぇ。
親が付いて行かない自由なコンビニの買い物がとても楽しいらしいです。
飲みものを買ったり唐揚げを買って食べたり、そんな他愛もないコンビニ生活ですけど。

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二人掛けのソファーに三人で座る図
なかよち~

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我が家を発ってママの実家の青森に帰る前に記念撮影。

考えてみればK君は27歳、息子は25歳(今年で26歳になる)
K君の弟は16歳かな?だけど、どうしても私たちは「子供たち」とくくってしまう。
心臓病の子供の親は過保護になります。
やっぱり大変な時があって、元気でいるのが当たり前と思っていないし、
何かあったら大変とつい思うから大事をとってしまう。
危ない橋を渡る前に目の前の石ころを先にどかしてしまうし、
第一、危ない橋は渡らせたくない。
でもそれは本人のためにならないのですよね、分かってはいるんだけど・・
K君ママはとても母性の強い面倒見が良いお母さんなので、
まるで違う私は見習わないとならないところがいっぱい。
逆に、K君ママは私を見て、おおらかに見守らないといけないと感じるそうで。

お互い子供の事に関しては色々と悩みは尽きません。
でも、こうして元気でいるだけでも奇蹟だよねー、ってなります。
息子も棺桶に片足突っ込んでいたしね・・
3万円おろしたての財布無くしたくらいでガタガタ言うなってね・・・
(K君が来るので息子は軍資金としてお金をおろし、その財布をそのまま落としたのか掏られたのかなくしました。全て届けたけど出て来ません。被害はその3万円と銀行のキャッシュカード、運転免許証、ポイントカード等。本人は諦めてるけど親の私が諦めきれず・・


楽しい半月でした。
今は家がしーんと静まり返って寂しいです。
でもきっとまた会える。


去年アメリカに行った旅行記も書けていません
記憶はどんどん遠ざかってしまう。
毎日毎日あわただしく過ぎて行く日々。
これはきっと充実しているのだと思う事にしていますが・・
編み物もしたいし、家のことももっときちんとしたいし、
まず、この流されるような日々ではなくて、もっと丁寧に時間を送りたい。
来月からお仕事の日にちを減らしました。
少しはブログも書けるかなぁ・・?



明日から三年目

二年前の今日、私は手術を受けていました。

何の気なしに受けた市民検診の乳がん検査、
まさか引っかかるなんて夢にも思っていなかったです。
思うことは色々とあるけれど、早期発見で現在元気です。
昨日は術後二年の診察がありました。
一週間前に受けた検査結果が出ました。
おかげ様で異常なし。
「先週の検査は全て合格です」と先生に言われてほっと胸をなでおろしました。
でも「合格」って・・ヘンよね?
そんな言葉の端々にも敏感になるのが患者の心理だと感じます。

闘病ブログにはしたくないと思ったので病気のことは詳しく書いていませんでした。
私はしこりの出来ないタイプ、石灰化がマンモで見つかりました。
逆に、マンモをしていなかったら見つけられずにどんどん大きくなって行ったのだと思います。
検査をしていたのに、要観察とか、良性とか言われ、手遅れになってしまう方たちがいる中、
私は早くに見つけてもらえてラッキーだったと思います。

乳がんですと言われても、しこりもないし、当然痛みもないし、実感が湧かず、
その検体は違う人のでは? 間違ってしまったのでは?と何度も思いました。
夫は術後の摘出した患部を見せられ、
「この部分ががんです」と言われたそうです。
自分も見たかったです。

がんと言われてから、自分ががんだということを思わない日は一日もありません。
だからと言って生活を変えたかと言うとそれはありません。
がんになるような生活をしてるからだとか、
がんになるような添加物が入った物を食べているからだとか、
早寝早起き、適度な運動、手作りの和食・・云々、色々と言われますが、
それじゃぁ私ががんになったのはそれらを守らなかった罰ですか?
がんにならない人はみんな絵に描いた様な理想の生活をしているのですか?

がんにはあれを食べると良いとかこれこれを食べると良いとか、
こうすれば良いとかああすれば良いとか、
みんな気を使ってアドバイスをしてくれているのだと思っています。
悪気がないことは百も承知。
でも素直に受け入れられません。
私の実家は全員ががんです。

がんになったのは何故か分かりません。
あれが良く無い、これが良く無いと言われても、なる人もいればならない人もいます。

私の乳がんは顔つきはおとなしいタイプだったのですがki67と言う数値が40%と高く、
これはがんが増殖するスピードとの事ですが、13%以上が高いとされハイリスクの分類です。
ホルモン依存タイプ、ステージ1、ルミナルBだと思われます。
主治医ははっきりそういうことを言わない先生なので自分が調べた結果です。
がんになって驚いたことに、治療法は自分で選択するのです。
自分ががんなんて思いもしなかった場面でいきなり治療は何をしますかと聞かれても・・
居酒屋で今日のお勧めは?と板さんに聞くかの如く、主治医に先生が勧める治療はどれですかと聞く。
完璧を期すなら、手術、化学療法、放射線、ホルモン治療ですが、
考える部分は化学療法ですね、との事で、私はそれはやめました。
化学療法をすることによって再発転移を抑えられる統計上の数値は4%の上乗せでした。
私は5%上乗せ出来る場合は勧めていますが4%なので微妙なところですと先生が言いました。
ご自分で決めて下さい、と・・・
4%のメリットに対し、デメリットは・・天秤にかけてみる。

がんになる、ならないも、どんなタイプのがんになるかも、当然自分では決められません。
運命だと思います。
私がもっと若かったら、違う選択をしていたかも知れないです。
進行が早いがんになってどんどん病気が進んでしまう場合も考えられ、
自分で選んだり努力で変えたり出来ないのが病気ですね。
もっとも、好んで病気を選ぶ人はいないけど・・
全て、運命だと思っています。
ちゃんと薬は飲んで、出来る限りはリスクを減らそうと考えていますけど。
でもお酒をやめたり大嫌いな運動をしたりなんて出来そうにありません。
出来る限り・・です。

明日からは術後、三年目。
乳がんに完治は無いと言われているので、
いつかは再発や転移を言い渡されるだろうと覚悟をしながら、
でも楽しく充実した毎日を過ごせたらなぁと思っています。
違う病気や事故で死んでしまう事だってじゅうぶん考えられるのです。
悔いのない毎日、小さな幸せを見つけて生きて行きたいです。


桜の便りがちらほら聞こえてくるようになりました。
桜を楽しみにしていた父の事。
私の手術の時は満開だった桜。
どうも桜に関してあまり楽しい思い出がないのです。
でも、桜は大好き。
楽しみです。
今年はまだ咲いていないから寒い冬だったのかな?
入学式を迎えるお子様には絶好の桜の開花になるかもしれませんね。

ポジティブにいきましょう!
長々とお読みくださり、ありがとうございました。


今日は先生の都合で臨時に編み物教室がお休みになりました。
何も予定を入れていなかったので、珍しくのんびりしました。
勿体なかったけど、たまには良いか・・・

姫ちゃんのブラシッングをしました。

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毛玉ボールがこんなに大きくなりました~









今日の日記

今日は珍しく、On Time日記です。

朝早くからお出かけ。
どこに行ったかは後から書きます。

11時ころに帰ってきて、あまりの庭の荒れ様にそのまま庭仕事。
我が家は猫の額ほどの庭しかないのにバラが鎮座されており、
駐車スペースぎりぎりまでバラが放牧状態。

そのバラに虫がついてゆきたん号がとんでもないことになってしまっていました。
前のゆきたん号は赤だったから目立たなくて今はシロ君だから目立つのか、
虫がすごくて目立つのか・・?
いずれにせよ、伸びきっているバラを少し整理し、できれば消毒。
シロ君を洗車。
虫の糞は塗装がダメになっちゃうよ、と言われました~

枝をバシバシ切りましたよ、もう枯れても良いよー!
ついていた虫はいつものホソオビアシブトクチバと・・・

これ



「バラ 虫」の画像検索結果
イラガ
画像はお借りしました。

気持悪~~~い!
しかも2か所も刺されたし!
その後すぐに消毒をして革の手袋を装着したので大事には至らず。
ピリピリしたのですぐに刺されたとわかりました。
コイツ、今日50匹くらい水刑に処しました。
夢に出そうです~

枝や枯れ葉を掃いて綺麗にしたので消毒もしたかったのですが、
本日、お隣の車が止まっていて消毒は出来ませんでした、残念
でも近いうちに必ずしてやるからね

考えてみたら以前もイラガ、発生したことがあったなぁ、思い出した。
現在のバラさん、これらのせいで丸坊主に近い状態ですよ・・

で、そのあとシロ君を洗車しました。
夫が今度のゆきたん号は「シロ君で、オス?」と言いました
やっぱり虫の糞がなかなか落ちずに苦労した。
ワックスでこすれば落ちるかもしれないけど、水洗いで、ゴシゴシ
何とか落ちたけどもう少し放置してたら怪しかったなー・・

汗だく、必死に外仕事を終えて家に入ったら3時過ぎてた・・
超、インドア派なので、一度家に入ったら庭さえも出たくない。
ましてや、外の仕事はなるべくしたくない。
なので出かけて帰って来てそのままやっていたのです。

そう言えばね・・・

ゆきたん号は私の不注意でぶつけてしまったわけですが、罰金が来ました。
予想通り、50万円でした。
払いました~・・・
ここ数年で罰金がとても高くなったそうです。
免停は免れました。
50万円てね、私が苦労して働いたパート代、10か月分です。
今はたいして働いてないのでそれだけ稼ぐのに10か月かかります。
あ~~~・・高い授業料払ったよ・・・
皆様もお気を付け下さい。
ま、相手の方のお怪我が大したことがなかったことだけが幸いです。
大けがさせてしまっていたらこんなことじゃ済まなかったわけだから・・・
今後十分注意するけど、今回のことはこれで終わりにしよう・・


今日朝早くから出かけた場所は病院です。
私はいま流行りの乳がん患者(流行ってない?
私の先生は一応地元では腕の良い先生と言われているんだけど、なんかねー
検診は触診のみ、「お変わりないですか?」くらいで、3分診療です。
一年ごとに少し検査をしますが、積極的に再発転移を探しません。
何か聞いても先生は言葉尻を捉えられたり勘ぐられたりするのを避けるかのように、
余計な言葉は一言も発しません。
まぁ、外科の先生にありがちな、サバサバした感じというか、そっけないというか・・
よそ様の乳がんブログを拝見すると先生といろんなことを話しているんですよね。
私の主治医には有り得ない話です。
余計な検査をして心配が募っても仕方がない、
金銭的負担も大きいし・・と考えておられるようで、
再発転移は、積極的に探して早くから治療を始めても、
症状が出てから治療を始めても予後は一緒といわれているから。

でもねぇ・・なんか患者の気持ちに寄り添ってくれていないような気がして・・
今後体調に変化があったら先生も違う対応をしてくれるのかなぁ?
転院する気はさらさら無いけど。
次回は12月の末、薬の処方箋をもらうだけですが。
ま、それだけ心配なく元気なんだと言うことにしておこう



最近始めたこと。

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昔、夫が買ってくれたフットバス。(20年くらい前かな~?)
ベッドの下にしまい込んであったのですが出しまして・・
箱、猫様にガチガチやられておりますが。

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最近、足がしびれてるというか、つま先のほうが感覚がとても鈍いんです。
でもその割には触るとビリビリする。
これは薬の副作用かな~?と思ったりして今日先生に聞いてみたんです。
先生は違うと言いました。
でも調剤薬局の薬剤師店は、それはあり得ます。と言いました。
ま、どっちでも良いけどさ、血行が悪いのかなと思って温めているんです。

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熱めのお湯を入れて冷めたら足して・・
気持ち良いです、汗かきます。
しばらくはつま先の感覚がもとに戻ります。
時間とともにまた鈍くなっちゃうけどね。
でも足の疲れが取れて軽くなりますよ。
これって、やっぱり血行が良くなってるんじゃないかな?






一年検診

先週、手術後一年の検査がありました。

私が行っている病院は積極的に検査をしません。
一年経って初めての検査でした。
血液、マンモ、胸部エコー、腹部エコー、胸部レントゲン、骨密度、以上6つの検査。
ベルトコンベアーに乗ったように流れて行きます。

今日が検査結果を踏まえた診察でした。
おかげ様で再発も転移もありませんでした。
無事に二年生に進級出来ました。

あんまり頭痛が続くと脳転移?・・とか、
咳が出ると肺転移?・・とかすぐに考えてしまいます。
乳がんは転移しやすいがんなので怖いです。
これからもずっとそういう恐怖はなくならないと思います。

主治医は詳しいことは何も教えてくれません。
術後の病理の事もホルモンは陽性で効果がありますよ。
骨密度もOKなのでホルモンを抑える薬は飲んで下さい。
放射線はかけます。
Ki-67がこの数値で高いです、化学療法はどうしますか?
何も治療しない場合の5年、10生存率はこのくらい、
ホルモンの薬だけだと生存率はこのくらい、
放射線をプラスするとこのくらい、
化学療法をするとこのくらい・・・
あくまでも統計上の数値であり、その統計は西洋人の統計であること。
東洋人である自分たちにどれだけ当てはまるかは未知ながら、
一つの参考の目安にして下さい、と説明を受けただけでした。

主治医はあまり細かい数値を伝えてクヨクヨするより、知らない方が幸せ、的な?
なっちゃったらなっちゃったで頑張りましょう。
ストレスをためるのは良く無い。と考えているようです。
やり手の女医さんと評価は高いのですがかなり男性的です。
さっぱりしていて考えようにはやりやすいのかなぁ・・

ホルモン受容体のパーセンテージや骨密度の数値など、
詳しい数字は放射線の先生に聞きました。

血液検査の結果も詳しくいわれなかったので 後から看護師さんに頼んで、
結果のコピーをもらいました。
主治医からは、「術後一年経って検査をしましたけど何も異常がなかったですよ。
良かったですね、何か気になることはありますか?」と言われただけでした。

がんと言われてからがんを忘れることはありません。
考えないようにしてるということは実は考えている証拠です。
がんの事ばかり考えてるとがんが趣味だって脳細胞が思って、
どんどん増殖していくんだって・・と言われて怖くなったけど、考えずにはいられない。
一日たりともがんを忘れることは出来ません。

でも良いです。
それが自分なのだし、刹那的に考えることはないけれど、
毎日出来る限り楽しく有意義に暮らしていきたいと思っています。
それはがんになったから気付いたこと。
がんが私にくれたプレゼントのような気がします。
私の生きる意味は何かな?
そりゃぁいずれは死ぬに決まってるけど、今迄は自分の死なんて考えてもみなかった。
こんなに自分の死を身近に考えたことはなかった。

今はまだまだ全然元気だけどあと10年か20年かすれば死ぬでしょう。
もっと長く生きるかもしれないし、あるいは早いかもしれない。
でも良いの、運命は決まってるように思う。
だからその時が来た時に後悔しないようにやりたいことやっておかないとね!


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今年もいつものように一人お花見をしました。
先週です。

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お天気が良くなかったのですが翌日は雨の予報だったんです。
なのであわてて行きました。
仕事もあるし、満開はいつになるかわからないし、
桜見物の予定を立てるのは至難の業ですね。

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やっぱり満開でした。
お天気が悪くて残念だったけど・・

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優雅に鳥さんもおりました。

癌の告知

このところブログをさぼっていたのは忙しかったからだけではなくて、
精神的にきつかったからです。

去年の10月、市民検診で大腸がんと乳がんの無料検診クーポンが付いてきました。
検診のお知らせなど毎年そのままゴミ箱行きだったのですが、
年齢的にもそろそろ危ないかな~・・となぜか基本健診は無視したのに
そのふたつの検診だけ受けに行きました。
話のタネにマンモとやらを受けてみよう、痛いらしいけどホント?・程度の気持ち。

そしたら受診した病院から電話がかかってきてしまったのです。
最初の診断は微細石炭化 カテゴリーは4でした。
カテゴリーというのは癌のステージとは違って、癌かもしれない疑わしい度合です。
あ、癌は乳癌です。
カテゴリー4は癌である確率が60%~70%くらい・・だったかな。
だから精密検査を受けよ、との連絡でした。

え、アタシ、癌なの?

残りの30%~40%は癌ではないわけです。
まだ決まったわけじゃないじゃん・・・

紹介された病院に行き、検査。
微細石炭化はしこりがなくて全然自覚症状がありません。
石炭化は全部が癌ではなくて、石炭化のうちの数パーセントが癌。
ほとんどが良性、万一悪性の癌でも、
マンモグラフィーで見つかる石炭化はほとんどが超早期発見、まだ0期。

ネットで色々と調べまくりました。
調べた通りの順番で自分の検査が進んでいることが可笑しいです。
現在4つ目の病院でステレオガイド下マンモトーム検査が終わったところです。

まだ最終的な診断は出ていないんですが、癌のようです。
しかも先生からマンモトーム検査で浸潤癌もあると言われました。
え~~~!浸潤癌?
全然早期発見じゃないじゃん・・・
浸潤癌は転移する癌ですから・・・

気になるリンパ。
ここは多分大丈夫だと思うけどー・・的に言われました。
とにかく細胞を採取したので確定診断はこれからですが癌は間違いない様で。
この癌がどんな顔つきをしてるのか(先生の言葉通り)によって今後の治療が決まるそうです。

手術は石炭化の範囲がちょっと広いけど多分部分切除でいける。
手術と並行してセンチネルリンパ節を検査して、そこが大丈夫ならリンパは無事。
浸潤癌だからその後の治療は癌の顔つきで決める。
放射線、抗がん剤、ホルモン療法がよく効く癌もあります。

え~~~!
やっぱりアタシは癌なのかー・・
しかも浸潤癌・・・
ステージは?
余命は?

頭の中が渦巻いてしまいました。
その辺の事はマンモトーム生検の結果が出なきゃ先生も答えないことだろうと思い言葉を飲みました。
でも乳房全摘じゃないってことは早期に入るんじゃぁ?・・・などとまだ希望は捨てていません。


去年の10月から悶々とした不安な日々でした。
でも別に今すぐ死ぬと言われたわけじゃないし、どこか痛いわけでもない。
人間の死亡率は100%(綾小路きみまろが言ってました
明日交通事故で死ぬかもしれないわけで、そんなに先のことを心配しても仕方がない。

多分結果が出たら今後癌が他にもあるのか全身検査なのかな・・
次は骨シンチか?
今はネットで調べられるからなんでも分かります。

疑わしいから、ひょっとして・・あれれ~?と、
次々病院を紹介され検査をして・・・

夫が私以上に動揺して、夫の中では私がもうすぐに死ぬみたいです。
いつも私が、まだ決まったわけじゃないし、癌だとしても早期発見だし、
石炭化での発見は非浸潤癌だし、手術すれば5年生存率は95%だよーと、
私が慰めなきゃならない有り様、勘弁してほしい。
慰めて欲しいのはコッチだよ!

なのでさすがに浸潤癌があると言われたことは言い出せませんでした。
じゃあ、私はどうしたら良いんでしょう?
誰にも言えず、たった一人で抱えて生きて行かなくてはならない?
それはいくらなんでも私にはムリ・・・

ちょっとずつ、癌かもしれない、から
癌みたいだけど早期だから、にしたりしてショックを少しずつにして伝えてきた。
ゆきが死んだら俺も死ぬと言う。

いったい誰の癌???
アタシ、今すぐ死なないよ!

まぁね、息子の事があるから悪い方に転ぶ我が家の系統に不安があるのは確か。
息子さん、もしかしたら心臓が悪いかも?から始まって、
穴なら自然とふさがることも多いし、パッチを当てて治せるから、と言われ、
実際調べてみたらとんでもない大当たりで10万人に1人と言われる心臓病。
手術を重ね、更なる元気を求めてこれが最後の根治手術という時に、
心室細動を起こし意識不明が2か月、予想されない出来事だった。
そして7か月もの入院が続いた。
だから100%と言われてもも安心できない私たち。

でもさー・・
息子は今元気になったしね。
乳癌末期と言われても何年も生きてる人だっているじゃない。
息子の時、希望が見いだせなくて、心臓病フレンズのお母さんと、
「いつか、あの時は大変だったよね~って笑って暮らせる日がきっと来る」って、
自分たちに言い聞かせ一緒に泣いた。そして今は笑って暮らせている。
だから私も後から笑って暮らせると信じてる。

我が家は毎回マイノリティー側にまわるので、
ほとんどが大丈夫というのは全然不安を打ち消す材料にはなりません。
私も最初は、え?アタシ癌なの?アタシ死ぬの?ってしか思えませんでした。
いつも悪い方に進む我が家・・・

でも考えを変えました。
癌は笑って過ごすと良いそうなので。

息子に「ママは癌でもうすぐ死ぬからね。美人薄命ってホントだねぇ。
だからアンタね、ママが死んでから、
あの時もっとママのお手伝いしておけば良かったって思っても遅いんだよ。
後悔しないようにママのいうことを良く聞いていっぱいお手伝いしといたほうがいいんじゃない~?」
と言ったら、分かったと言って毎日掃除機をかけてくれます、ヤッホー、ラクラク
私、どこも痛くも痒くもないんですけど~



で・・・一番悩んだことは、娘と母にどう伝えるか?です。
余命半年とか言われたら知らせるつもりだったけど、今回は知らせないでいようと思いました。
夫にも、息子にも緘口令を出しました。
離れている娘は見えないから心配になるだけだし、今娘は仕事を頑張っています。
心配したところで日本に帰れるわけじゃないし、気持ちが揺れることでしょう。
私は娘には思いっきり今の生活を楽しんで過ごしてもらいたいんです。
私は手術すれば元気になれるんだから、別にわざわざ心配させなくても・・と思いました。
でもそれじゃ、家族として自分の存在を否定されている気がするのではと言われ、
熟考しまして・・・このブログで娘に伝えております。
娘が作ってくれたブログなので娘も読んでいますから。

母にはもう年齢を考え、現在は伝えないつもりでいます。
母はネガティブシンキングなのです。
母が何を言うか、全て想像がつきます。
ポジティブに考えないとやっていられませんから~

7月から2週間、娘のいるアメリカに行くのが楽しみです。
飛行機のチケット、娘が買っておいてくれています。
その前に色々と済むといいな~、
抗がん剤は髪が抜けるらしいからなるべくしたくないけど・・命には代えられないよね。
かつらかぶって行かないと?
夏のニューヨークは暑いんだろうか・・?蒸れる?



ま、今回、娘に伝えるためにカミングアウトしましたけど私は何処も痛くもかゆくもありません。
毎日仕事とあっちの病院、こっちの病院と一日に3軒病院のハシゴもありました。
仕事はどうしようかな~って思ったんですけど、仕事してる方が気が紛れるというか、
一人でぽつんとしてるとあまり良いことを考えないというか・・
なのでまだ続けようかな~・・・と。
意地悪さんもお辞めになられ、今は良い人ばかり。
病院などでシフト変更も気持ちよく協力していただいてますし・・・

で、このブログは今後、闘病ブログにはしたくないです。
今までの通り、家事をさぼってのんびり手作りしたり(なかなか出来なくなってますけど)
猫やおバカな息子、夫の鏡と自負する旦那さんとの暮らしを書きます。

お口直しに猫をどーぞ
姫ちゃんしか写真がなかった・・

CIMG9479
姫ちゃん、顔がまんまるになってきたような~

CIMG9475
誰かがPCしてると椅子の背もたれに乗ります、人間大好き。

CIMG9503
袋は必ず入りますよね、猫様あるある。

CIMG9500
箱も当然です、まんまる姫ちゃん。



業務連絡です

娘へ。

突然でびっくりしたと思うけどそう言うわけですが別に忙しいだけで何も変わらないから~
今まで通り、毎日仕事頑張ってくれれば良いよ。
2か月も3か月も音沙汰ないのがいつもの事。
急にスカイプしないでね!
何か変わったことがあれば連絡するね。


ともみぃさんへ。

もしもこれを読んだらおばあちゃんには言わないでね。
よろしくお願いします。

息子は単心室です

今日はちょっと真面目なお話です。

ひょんな事から子供の病気のページを見ていたら先天性心疾患のお子さんの記事がありました。
いろいろと見ているうちに自分もこうだったな~・・って思い出しました。
今でも心臓病のお子さんが産まれた親御さんはこうなんだ・・と驚いたり共感したり。
一番驚いたのは単心室のお子さんの親が今も悲観的だったことです。

うちの息子はもう21歳、元気です。
産まれた時の診断は、心位錯位症候群。
単心室、
心房中隔欠損、
肺動脈弁狭窄、
動脈管開存症、
両側上大静脈、
無脾症、
右胸心、でした。

生まれた時、少し前までこの病気は助けられなかったけど今は延命が出来ます。
延命している間に良い手術が出来て治せるかもしれません。
だから今は延命しましょう、と言われました。
延命? 治せない?
目の前が真っ暗で当然受け入れることはできませんでしたよ。

そして、二度のブレロック手術。
根治手術としてTCPC型フォンタンをしました。
フォンタン手術が最後の修復で治ったわけではありませんが今の医学はここまで。

息子がフォンタンをしたのはもう16年も前なので、まだ新しい手術法でした。
なのでこれから先どんな経過をたどるか、あまりわかっていません。
肝硬変になった例がいくつが出てきているそうです。
あとは、人工物が入っているので血栓が出来やすいからそこに注意。
息子は直径20mmのゴアテックスの人工血管が入っています。
大人になって体が大きくなっても対応出来るサイズだそうです。
不整脈は出るかもしれないとの予測があります。

血栓防止にワーファリンを服用、死ぬまで。
今はバイアスピリンも飲んでいますがこれも血栓予防です。
検診はエコーで血栓がないか、肝臓に異常がないか、毎回見ています。
心肥大を見るためのレントゲンや心電図も取ります。
血液検査もあります。

毎回検診では異常もないし、今はとても元気なのでつい忘れてしまいがち。
でもネットを見ていていろんな忘れていたことを思い出しました。
小学校、中学校、高校、ほんと、いろいろありました。
入学するたびに学校に掛け合い、送迎の日々。
PTA役員は当然、体育授業の参観、待機、課外活動は同行。
息子と共に毎日登下校してました。
体が弱いといじめもあった。
いつか笑いながら「あの時は大変だったよね~」って言える日が来るのだろうか・・
そんなことを思いながら頑張るしかなかった入院時代。



一方では経過の悪いお子さんの情報もあります。
単心室は10万人に1人の割合だそうで心臓病の中でもかなり少ない。
それでも今はネットがあるからうちの子供が手術したころよりは情報があるのではないかな・・
ずいぶん時間がたっているので単心室はもう治せる、いや、治せないけど、
フォンタンがみんなに出来るようになっているのかと思っていました。
手術をするにはそれに耐える条件があるので出来ない子もいるわけです。
でもそれらが改善されているのではないかと思っていました。
でも残念ながらまだ出来なくて命を救えない子もいるのですね。

息子が小さい時、試行錯誤していました。
息子は生まれてから病気が分かったのですが、
今は胎児の時に診断ができるようになってきていますね。
私は生まれる前に異常がわかったら産んだかなぁ・・と時々考えることがあります。
今は元気だから「産んだ」というのは簡単。
でも元気になれるかどうか、
いつまで生きれるかわからない命を、分かっていながら受け入れるだろうか・・
ん~~~・・出生前診断、難しい。

今までこんなに大変だったとか、辛かったとか、いっぱいあるけどそんな事はどうでもいい。
今、元気に生きているんだから。

自分たちだけが大変で不幸とか、悲劇のヒロインみたいな気持ちは全然ない。
過ぎてしまえばなんてことない。
元気になったらなったで先のことが心配。
私達親が死んだあと息子は一人で生きていかれるのか・・・
今まで何でも手を差し伸べすぎた、
結果、すぐ人に頼ってしまい自分じゃ何一つ出来やしない・・
身体障害者手帳一級だけど・・
満足に就職出来ないでいるけれど・・・
心配は尽きないけれど・・

それでも、明日が来ないかも・・今病院で息が止まってるかも・・とか、
そんな緊迫した毎日がないことは本当に幸せなことです。
今頑張っているお母さんたちに言いたいです。
きっと笑える日が来るよって。
当時は考えられなかったけど、きっと来ます。

生きる活力

今日は息子の病院で新宿へ。
息子は先天性の心臓病を持って産まれました。
いろいろな事がありましたが、今は元気に過ごしています。
何回も手術をしましたが、一度術後の経過が悪く
七カ月もの入院になったことがありました。

入院して毎日治療をしているのに、一向に改善されず
先が見えない日々にいら立ちました。
私も付き添いで一緒に病院寝泊りしていて、二重生活。

家に残している夫や娘。
プライバシーの全くない不自由な空間。
不幸にも治療の甲斐なく、亡くなっていく子供さん。

耐えきれなくなって、先生に「もう帰る」と言いました。
人間は信号が青になると知っているから待てるのです。
青になるのか、ならないのか、それはどの位先なのか?
わからないことを待つことは出来ません。

先生は言いました。
「今の点滴治療を飲み薬に替えて、やってみましょう」
まず、三日後に検診に来る、という約束でかなり強引に退院しました。
出された薬は、9種類もありました。
ところが、半ば諦めたような退院だったのに、帰宅したら
嘘のように、どんどん快復してきたのでした。
三日後の検診は、一週間おきになり、二週間置きになり、
一ヶ月ごとの検診になりました。

これには、先生もビックリしていました。
「人間にとって大切な事は、生きる活力なんだね」
と先生がおっしゃいました。

退院した息子は、実は一番に退院したかったのかも知れません。
息子と私の頭には 円形脱毛症でハゲが出来ていました。

それからずーっと、一ヶ月に一度は新宿まで検診に行っていました。
それが、六週間ごとになり、最近二カ月ごとになっていたのですが・・

なんと、次回は三ヶ月後です!
不安になって先生に聞きましたが、安定してるし大丈夫でしょう、
とのこと。
薬もあるし、これ以上は間隔は開かないでしょうけど、
それだけ元気になったんだな、と思うと感慨深いです。
十六年間、暑い日も寒い日も、新宿まで車で通いました。
まだまだ続きはありますが、一区切りした気分です。

「生きる活力」
大切です。
CIMG3879
ノースポール、たくさん花がつきました。

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