ゆきたんぶろぐ

編み物の事だけ書いたブログを別にしました。 編み物だけ見たい方はこちらにどうぞ。 https://senachester7-amiami.blog.jp/

心臓病

いきなり腰痛

今日は息子の心臓の定期検診だったのですが、私は行かずお留守番です。

このところ安定しているし、もう28歳ですからね。
生れた時からずーっと通っている病院、日常になっています。
「あれ?お母さんは?」と先生が言ってたよと言われるのですが、
最近はちょくちょく私はお休みしています。
息子が良まれた時は私もまだ若くてピチピチ(ほんと?)
でも最近は息子と私、どっちが付き添いなのか分からなくなってきた。
息子、歩くの早いし、ちょっと待って・・的な
それでも3か月毎の検診なのだから油断は禁物なんだろうな・・とは思うけど。




トマトのマリネを作りました。
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息子の長い入院生活の中で一番嬉しいことは、同病の知り合いが出来た事です。
病状は違えど同じ心臓の病気を持った子供の母親の気持ち。
複雑な気持ちもお互い分かり合えるし、ネットなんて無い時代だったから情報も少なくて。
そんなときの心強い母親同士の連帯感たら、今思えば感謝しかない。
いつもお互いに励まし合って乗り越えてきました。

もう20年も25年も前なのに、そんな母親達の同士の様な関係は続いていて、
よく自分の家の畑で採れた野菜を送ってくださる人がいるんです。
このトマトもその中の一つ。
とても新鮮で味が濃い。
届いた段ボールを開けるといつもぷーんと野菜の濃い匂いがします。
トマトのマリネはオリーブオイルとニンニクのみじん切り、
後は酢と塩胡椒、気持ち砂糖、のシンプルなマリネ液。
コツはただ一つ、絶対に皮を剥く事。
数時間冷蔵庫で冷やして食べると味が染みてすごく美味しいです。


今日、付き添いに行かなかったのは・・

二日前からいきなり腰痛。
私はけっこう腰は丈夫で、背筋が強いからかな?と自負しているのですが、
今回は突然の腰痛、参りました。
自重が重いせいだと思うんだけど最近は膝が痛いんですよ。
なのにこの一週間くらい、膝の痛みがなくて調子いいなーと喜んでいたら、
いきなり腰です。
膝をかばっていて腰に来たんじゃない?と思っています。
内臓からくる痛みじゃなければ全然OK
もう少し、様子見です。
あー、歳は取りたくないわ~

さて、どこへも行かれないし(行きたくもないけど)
こんなの、買ったので、



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こんなの。

今迄、ブラザーのニット用のLスケールと言う定規を使って我慢していたんだけど、
やっぱり袖のカーブやスカートのヘムラインとか、洋裁用のカーブ定規が欲しいなー。
1650円のカーブ定規、ユザワヤさんの40%引きクーポンで買いました。

これでまたコソコソと何か作ろうと思います。


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最新作はコチラ

定期検診

毎年3月4月になると私の乳がんの定期検診があります。

今年は6年目。
手術して5年間薬を飲んで、無治療になって1年後の初めての検査。
検査そのものも嫌だけど、その後結果が分かるまでの間は本当に嫌。
そのことでかえって具合が悪くなっちゃう人がいますと、病院の先生が言っていました。
病は気から・・・
気の持ちよう・・
そんなことで病気にならないんだったら病気になる人なんかいないよ、
なんて思ったりもするけど。

6年前、晴天の霹靂に乳がん告知されて、私はもう死ぬのか・・と思った。
じゃあ、思い残すことがない様にやりたいことやらなきゃ・・って。

すぐにムスメがいるアメリカに遊びに行った。
いつか再開したいと思っていた機械編みを再開させた。
時間が勿体ないと思ってパートは辞めた。

普通の癌は5年間で完治と言うけれど乳がんは違う。
生きている限り再発転移の不安はつきまとう。
毎年検診の度に生きている意味を考える。

今年の検診はどうかな?
コロナの影響は分からないけれど先生の診察予約がなかなか取れずで、
諸々の結果が分かるのはゴールデンウィーク明けてから。
検査後は二週間も不安なまま過ごすことになった。

でも仕方がないね。
結果がどうであれ、受け入れるしかないのだから。
もう死ぬと思ったのにこんなに元気に毎日を過ごしている。
縫い物して、編み物して、仕事も再開したし、元気元気

毎日を丁寧に生きて行かなきゃと思う。
取りあえず・・ばっかりで全然何も出来ていない。
ご飯ももっと丁寧に美味しく作ってあげないとだなー・・




さて、今月は息子の定期検診もあります。

息子はもう27年間、ずーっと定期検診に通ってます。
現在は3か月毎、薬ももらって来ます。

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ここ何年か前から心臓のほかに肝臓も見てもらわなくてはならなくなりました。

この肝臓の検診がねー・・

心臓の先生は悪いことは言わないんです。
そりゃあね、今まで何回も死にそうになった息子ですから、
今元気なのは奇跡のよう。
どんな状態だってその時よりずーっと良い。
アルバイトも出来るほどになった息子に悪いことは言わない。
でも肝臓の先生はそんな悪い時の息子を知らないし、
知っていても先生の性格なのか・・?
用心しなさいよ、油断は禁物ですよ、と言うことなのか、
悪い事をいっぱい言って下さいますデス
もっと患者が希望を持てるような事を言って欲しいなぁ・・

肝臓健診の後の帰り道は息子と二人で暗ーく帰ります

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せめてものお楽しみにランチ。
少しぐらいは楽しいことがないと行く気になれないよ。

今月は心臓の検診なのでその先生の診察は楽しみです。
心臓と肝臓、どちらも別の病院に3か月毎の検診。
3か月に2回検診があるので何だか毎月病院に行ってる気がする。
こんなに元気になったのになー・・って時々思うんですけど、
やっぱりそれだけ診て行かなきゃならないって事だから、
気が抜けないのかもしれませんね。
元気になったからつい忘れちゃうんだけど・・


アメリカからのお客様

今月の頭からお客様が見えていました。

去年アメリカに行った時、
二週間は娘の所に泊りニューヨークやニュージャージー観光、
その後娘も一緒にカリフォルニアに一週間。
その時に泊めて頂いたお友達です。
その前にも日本に来た時我が家に泊っていただいているので三年連続で会えました。

もとは息子の心臓病フレンズ。
彼らがお父さんの仕事の都合でアメリカに帰って15年。
ご縁があったのか、こうして交流が続いています。

入院する周期が一緒なのか、何度も会う。
病院でだいたいの子は二週間ぐらいで手術を終え退院していく中、
うちの息子とこのK君はなかなか退院出来ずにいました。
重症患者は二人部屋。
若かった私達、性格もタイプもまるで違うけど心臓病のわが子を抱えた環境は同じ。
退院後も一緒に日にちを合わせて検診に行っていました。

今回はその病院の先生に検診してもらう目的もあり、
更にアメリカから取った予約日も一緒。
本当にご縁があります。
我が家から一緒に行きました。

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15年ぶりの主治医と再会。
こうして元気になれたのも先生方のおかげです。
K君と先生と息子。
元気になれた子供たちに会えるのはきっと先生も嬉しかったと思う。
(息子は3か月毎に検診に行ってますが)

ママと会うと、病院で付き添っていた時の事を想いだします。
つい昨日の事のようです。
あの時、こんなに元気になれるなんて想像も出来なかった。
医学の進歩に感謝。


さて、
一昨年の帰国の際も泊ってもらっていろいろと遊びに行ったのですが、
今年は梅雨時、お天気も悪く、あまり出掛けられなかったけれど、
ご希望の秋葉原に行ったり、大仏を見に行ったりしました。
前回は鎌倉の大仏(アメリカ人、大仏好きです)

今回は大谷の資料館に行きました。
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ずーっと雨だったのに私たちが行動する時間だけ雨がやむ。
晴れ男、晴れ女は誰だ?

大谷石の採掘場が資料館になっていて見学出来ます。
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資料館の中はひんやり~
寒い。

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幻想的な採掘跡。
所々照明でアートな空間になっています。
ここを選んだのはK君が自然が好き、石が好き、という理由もあります。

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仮屋崎省吾さんの作品。
アートですねぇ。

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K君は仏様も好き。

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平和観音は宇都宮市の中心街から約8キロメートル西方に位置する大谷町にある。太平洋戦争の戦死者を追悼するため、終戦後間もない昭和23年(1948年)から6年かけて大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手彫りで彫られた像高88尺8寸8分(26.93メートル)、胴回り20メートルの石造観音菩薩立像である。竣工は昭和29年(1954年)、開眼は昭和31年(1956年5月4日。飛田朝次郎が製作した。なお、平和観音は大谷寺のお前立ち観音になる。また、「大谷観音」の呼び名は大谷寺の大谷磨崖仏を指す。

像の前は広場となっており、平和観音像を目前に憩うことができる。また像周縁には階段・通路が整備され間近で見ることも可能であり、像上から大谷の町を見晴らすこともできる。
(ウィキペディア)

一昨年鎌倉の大仏様を見に行った時の記事はコチラ

あとは近場のモールに行ったり、
子供たちは大好きな日本のコンビニを楽しんだりしていました。
アメリカでは子供だけで家を出ることは危険なので出来ません、
信じられませんねぇ。
親が付いて行かない自由なコンビニの買い物がとても楽しいらしいです。
飲みものを買ったり唐揚げを買って食べたり、そんな他愛もないコンビニ生活ですけど。

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二人掛けのソファーに三人で座る図
なかよち~

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我が家を発ってママの実家の青森に帰る前に記念撮影。

考えてみればK君は27歳、息子は25歳(今年で26歳になる)
K君の弟は16歳かな?だけど、どうしても私たちは「子供たち」とくくってしまう。
心臓病の子供の親は過保護になります。
やっぱり大変な時があって、元気でいるのが当たり前と思っていないし、
何かあったら大変とつい思うから大事をとってしまう。
危ない橋を渡る前に目の前の石ころを先にどかしてしまうし、
第一、危ない橋は渡らせたくない。
でもそれは本人のためにならないのですよね、分かってはいるんだけど・・
K君ママはとても母性の強い面倒見が良いお母さんなので、
まるで違う私は見習わないとならないところがいっぱい。
逆に、K君ママは私を見て、おおらかに見守らないといけないと感じるそうで。

お互い子供の事に関しては色々と悩みは尽きません。
でも、こうして元気でいるだけでも奇蹟だよねー、ってなります。
息子も棺桶に片足突っ込んでいたしね・・
3万円おろしたての財布無くしたくらいでガタガタ言うなってね・・・
(K君が来るので息子は軍資金としてお金をおろし、その財布をそのまま落としたのか掏られたのかなくしました。全て届けたけど出て来ません。被害はその3万円と銀行のキャッシュカード、運転免許証、ポイントカード等。本人は諦めてるけど親の私が諦めきれず・・


楽しい半月でした。
今は家がしーんと静まり返って寂しいです。
でもきっとまた会える。


去年アメリカに行った旅行記も書けていません
記憶はどんどん遠ざかってしまう。
毎日毎日あわただしく過ぎて行く日々。
これはきっと充実しているのだと思う事にしていますが・・
編み物もしたいし、家のことももっときちんとしたいし、
まず、この流されるような日々ではなくて、もっと丁寧に時間を送りたい。
来月からお仕事の日にちを減らしました。
少しはブログも書けるかなぁ・・?



息子の定期検診

今日は仕事をお休みして息子の定期検診に行ってきました。

最近検診は息子が単独で行くようになり、私が一緒に行くのは2回に1回くらい。
現在検診は3か月毎なので今回私は半年ぶりに先生にお会いしました。
前回先生から肝臓の精密検査についてお話があったそうで、
急がないけどお母さんにも相談して、との事だったので聞こうと思っていました。

ワーファリン服用の効果を確認するための採血とレントゲン検査がありました。
最近の体調などの問診後、こちら側からの要望として、
ワーファリンをエリキュースに変えて頂けるか聞いてみました。
息子はゴアテックスの人口導管が入っているので抗血液凝固剤は必須なのです。
なぜワーファリンをエリキュースに変えて頂こうと思ったかというと・・

最近息子は納豆の味を覚えたのです。
ワーファリン服用者は納豆は禁食です。
22年間食べたことはありませんでした。
息子は最近になってやっと色々な種類の食べ物を食べるようになって来ました。
その一つが納豆でした。
美味しいからこれからも食べたいと言います。
私も息子は偏食なので栄養価の高い納豆を食べられるなら食べさせたいです。
そこで、ワーファリンの代わりに坑血液凝固剤エリキュースだと納豆が食べられると小耳にはさんだのですよ。
結果から言うと、エリキュースはワーファリンの代わりになれないそうです。
フォンタン手術後の抗凝固剤はワーファリンと決まっており、
ワーファリン以上の効果が見られる薬は現在ない、とのことでした。
エリキュースは不整脈や脳梗塞予防など限定で抗凝固剤として使用する、
というような事を言っていました。
まぁ、素人にはよく分からないんだけど、
エリキュースは新薬だから臨床結果に乏しいのかなぁ?
何しろフォンタン手術後はワーファリンが推奨されているようです。
なので、エリキュースに変更はならず・・

よって、納豆、クロレラ、青汁、今まで通り禁!

「でもたまには食べても良いよ、たまにはね」
と先生から温情判決頂きました



ここまでは8月2日に書きまして・・
もう今日は4日になってしまいました

続きです。

息子、5歳の時に根治手術としてTCPCフォンタン手術をしました。
現在22歳、11月で23歳になります。
術後カテーテル検査を一度も今までしていないのです。
手術の際、アクシデントがあり棺桶に片足踏み込んだ息子ですが、
心不全等、7か月間入院後は順調にきています。
当時はまだ新しい手術だったので今後の経過はちょっと不透明な部分はありました。
そのころ同じ手術をした人の経過に肝硬変、肝臓がん等出現したそうで、
今後息子も肝臓を専門医に診て頂くことになりそうです。
で、その前にカテーテル検査をやりましょうということになりました。
18年近くぶり、それだけ順調だったということですね、感謝。


診察を終えてお昼ご飯です。

都庁の職員食堂で食べました。

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息子の茶蕎麦。
生蕎麦を茹でるのでちょい待ちますけどやっぱり生蕎麦は美味しいね。
これで390円、安っ!

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私のあんかけ焼きそば、590円
麺が固かった・・あんは美味しかったのに~

夏休みのせいでしょう。
普段はいないのに子供連れの家族がいっぱいいましたよ。
都庁の職員食堂は一般客も入れるの、浸透してきた?
展望台も長蛇の列で家族連れの親子や外国人がいっぱい。
建物の外まで並んでいました。

今までは普通にエレベーターに乗ってどこでも行かれたのに、
今回は警備が厳重でした。
テロ対策でしょうか? 先月くらいから始まったみたいで・・

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エレベーターを使う人はここで住所や名前を記入しないとなりません。
行先も書いたかなぁ・・

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で、こういう許可証を首から下げないとならないの・・
もちろん職員食堂に行くのもOKです。
まぁ、これだけ世界中でテロが起こっているのだからそれくらいしないとね。
日本は平和ボケしていて何処からでも狙われそうだもの。

今日はなんだか警備が物々しいね~と話していました。
新都知事になった小池さんに脅迫状が届いたそうだから? と思ったらそうではなくて、
小池さんが初登庁したせいだったみたいですね。
駐車場を出たらアンテナを付けた?TV中継車が何台も来ていた。
TV中継をするカメラやレポーターさんも何か所か見ました。
都庁に向かう道路もパトカーや白バイが普段の比じゃなく多かったし。
道路も混んでいてなんだかいつもより疲れた検診でした。

最近は元気になってきて普段病気のことは忘れてる。
でもこうして検診でお話を聞くと、やっぱり息子は病気を持っているのだな~と
再認識せざるを得ません。
しっかり自己管理をして親亡き後も元気で生きて行って欲しいです。
ま、私はまだまだ死なないけどね!

それぞれの人生

昨日は息子の学校のPTAの集まりがありました。
最後の広報誌作りです。
PTA活動も面倒だなと思う事もありますが、これが最後だと思うと少し淋しい気もします。
お勤めしていない私としては、ある意味社会との接点でもあるのでこれで社会と閉ざされてしまうような気もしないでもない。

息子は結局就職も出来ず、職業訓練校に通う事になりそうです。
なりそうと言うのは中旬に入校テストがあるから。受からなければ通えません。
リーマンショックがあり震災がありで、高卒の就職は大変難しくなっています。

まわりの子はそれなりにやりたいことがあり、皆さん目標に向かって頑張っています。
息子の学校は学力が高いとは言えないのですが、やりたいことがあったり体力があれば仕事もあるでしょう。
勉強が全てとは思いません、生きる力が欲しいです。

今朝、「自転車のライトがつかないんだよ~」と息子が言いました。そう言ったのはもう2度目です。
夫が「お前な~、自分で直せよ。ライト開けて玉が切れてるのか確認したり、どうして点かないのか調べてみたり、自分でやってみようって考えないの?何でも自分でやってみろよ」と言いました。

息子がこんなに依頼心が高いのは、私の育て方が間違っていたのだととても反省しています。
全てにおいて人任せ、やる気なしなのです。

息子は生まれた時に重篤な心臓病を持って生まれ、病院の先生に、
「今はこの病気は治せません、取りあえず延命治療をしましょう」と言われたので、腫れものを触るように大事に育てすぎてしまったのです。
元気に五体満足な体に産んであげられなかった罪滅ぼしに、自分が守ってあげないといけない責任感がありました。それは無意味な罪悪感であることは分かっていたけど、それによって自分的に満足しようと思っていたのだと、今になると思います。
なんでも先走って、手とり足とり、と言った感じに育ててしまいました。
もちろんその時はそう思っていなかったんですが、結果はそういう事だと思います。
夫も「どうせいつまで生きられるかわからないんだから、勉強よりも楽しい思い出を残してあげよう」と言っていたのです。
こんなに元気になれるとは思っていませんでした。

でも段々元気になり、何度か棺桶に片足を突っ込んだりはしましたが、それも今は笑って話せるようになりました。
私達親よりも長く生きられそうで、そうなると自立させなければなりません。
ところが何でも人任せ、困った時はいつでも親や周りの人が助けてくれると思っている息子。
困ったものです。

病院での入院生活も長くありましたので、心臓病フレンズがたくさんいます。
そういう同病を持った人たちの繋がりは、豊富な情報を得られとても有意義なのですが、当時の事がどうしても頭にありますから、生きているだけで充分じゃないか、しかも元気になれたなんて・・・となります。
そうなるとどうしても私の頭の中から、そうだよね、元気に生きてるんだもんね、これ以上何も望むことなんてないよね・・という考えが頭にムクムクと。
それも間違ってはいないけど、結果的には息子にとって良くない考えだったと言う事です。

何でも人任せ、本人自分からやる気なし・・・
これでこれから生きて行かれるんでしょうか。

学力のない子でも体力があれば、体を使った仕事がいくらでもあります。
仕事に良いも悪いもありません。
体を使うと言っても職人さんとか、生業に出来る仕事は他にもいくらでもあると思うのです。
でも息子は学力もないし体力もない、せいぜい残業の少なめな事務仕事にしかつけないと思います。
そんな事も本人は考えていない、事務仕事は頭を使います。

どうしたらいいのか・・・
取りあえず第一目標は職業訓練校に受かって、半年間事務仕事の勉強をすること。
そして、何処でも良い、本人が自力で通える会社に就職すること。

今まで息子は守られ過ぎてきました。
私達親もまだ少しは余力がありますから(夫、笑)今のうちに何とか自分で生きる力をつけさせたい。
少し荒治療をしないとダメだな~と心を鬼にしようと思います。

「手放しなさい。失敗させなさい。そして自分で着地させなさい。」
私がいつも拝見している ハンニバル強子さんのブログ に書いてありました。
まさにその通りなんですよね!
娘の時にはいつもそう思っているのに息子の時にはそれが頭からすっぽり抜けてしまう。
そんなこと全然息子の為にならないのに・・・

今日からはさっそくそれで行きます!
ハンニバル強子さん、どうもありがとう。


さて、
娘のことですが・・

いきなりですが娘はアメリカで就職することになりまして一週間後に渡米します。
今度は社会人ですから、当然寮もなく自分でアパートを借りて車を買って自分で生計を立てなくてはなりません。
ちゃんと毎日ご飯を食べて、きちんと生活できるのか?
会社勤め以外にも炊事、洗濯、掃除もしなくてはなりません。
オクラホマの素朴な田舎ではなくて、ニュージャージー州、ニューヨークの隣です。
今度はニューヨークまで小一時間で行かれる都会だと喜んでいますが、それだけ危険も多いですよね。
心配を挙げればきりがありません。
でも、娘は自力で切り開いて行ってくれるでしょう。
向こうで住むアパートや購入しなくてはならない車のことなど、ネットでリサーチして交渉を始めてる様子。
日本にいてもそう言う事が出来るんですから、ネットは本当に便利です。

息子に手がかかり自分のことは放任されたと、娘は少なからずとも思っているかも知れません。
でも私としては、そんなことは全然ありませんでした。
娘は小さい時から、何でも自分でやりたがったし、人に指図(私からのだけかも)されるのを嫌がりました。
特別道から外れた事でもしたら注意するつもりでしたが、なんせ親が外れてますから反面教師だったのか、娘はいたって真面目、くそまじめ。
特に人様に迷惑をかけるような事もなく普通に育ちましたから、私が口出ししなくても済みました。

生活面では言いたいことは山ほどありますけど、もう大人だし一人で暮らすのだから良いでしょう、自分で考える事です。
皆さんに、淋しいねと言われます。
全然淋しくないわけではないけれど、娘と私は性格が似ているのか、一緒にいても喧嘩ばっかりです。
自分のやりたい事をやって幸せを感じて暮らしてもらえた方が良いです。
別に娘が死んでしまうわけじゃなし、飛行機に乗れば何時間かで会えるところにいるんだしね。
娘には娘の人生がありますから。

同じように夫や私にも自分たちの人生がありますから、まだまだ続きますよ、人生は!
娘がいなくなったって、息子が自立できるように手放したって、私はやりたいことがたくさんありますから大丈夫。
どこかの良いお母さんみたいに、子育て終了で燃え尽き症候群になってしまって抜け殻になってしまう心配はありません。

最後は夫と二人。
息子が本当に自立出来て、二人になる日が楽しみです。
やっぱり夫婦は仲良しにしていないといけませんね、パパ、よろしくね~。


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にんげんは たいへんでしゅね、がんばれでしゅ。

歩いて帰ってきた息子

昨夜のことです。

夜の10時近くなって息子から私の携帯に電話がかかって来ました。
「いま、〇〇駅にいるんだけど迎えに来てもらえない?」と言うのです。

息子は月曜日に風邪で熱を出し学校を欠席しました。
このところ元気で熱を出すなんて久し振りの事、平熱が35度6分なので38度4分の熱は
さすがに辛かったらしく食欲もなく、当然ゲームもパソコンもお休み。
火曜日は36度9分に下がりましたが、まだ咳も酷いし続けて欠席。
水曜日にはパソコンしたりゲームをしたりしていたので、熱も下がったし登校させました。
息子は三部制の学校で夕方からの授業です。

自転車で行かれると息子が言うので、自分で駅まで2,8Km行かせそこから電車。
学校からお迎え要請の連絡もなく過ぎたのですが、帰りになったら辛くなったらしく、
自転車で帰るのが辛いから駅まで迎えに来てほしいと言ってきました。
まだ体力が回復していないのは想像がつきますから迎えに行きました。
そして行きに乗って行った自転車は駅の駐輪場に預けたまま。

なので昨日の木曜日、登校時に駅まで送らなければなりませんでした。
私はその日、前から友人とコストコに行く約束をしていたので、
せっかく久し振りに会った友人とも息子を送る時間までに急いで帰宅。

そして息子を駅まで送りました。
「定期持った?」
「うん」
「携帯は持ったの?」
「うん」
「帰りは自転車乗ってこないとダメよ、鍵は忘れてない?」
「うん、ある」
と、念を押して忘れ物がないかチェック。

そして、昨夜の電話です。

私は最初また風邪で具合が悪くなったのかと思いました。
「また具合が悪いの?」と聞いたら、
「うん、あんまり調子は良くないんだけど・・」・・??
「ママさ、もうお酒飲んじゃったんだけど・・少しぐらいなら頑張って帰って来てよ。」
行きはあんなに元気だったんだもの。
「ってかさぁ・・鍵がなくてさぁ・・・パパは?」と言うではないですか。

なに~っ!鍵がないだと?
行きにちゃんと確認したじゃないか、
まるで小学生の子供みたいに、あれ持ったか、これ持ったかと!
それなのにうるさがって上の空で適当に親をあしらってるからだ!
「パパはもう寝た!(ウソ)自分が悪いんでしょ、歩いて帰ってこーい!」

私が頭に来たのは最初に具合が悪いと言った事だ。
最初から鍵が無いと言えばココまで怒らなかった。
それなのに具合が悪いと言った。
息子は風邪をひいて治りかけ、元々心臓も悪い子だから親は心配する。
少しの風邪でもすぐに心臓に負担がかかるから具合が悪いのは心配なのだ。
それを息子は知っているからまるで具合が悪い事が水戸黄門の印籠の如く振りかざす。
それは卑怯なやり方だ。心臓病は免罪符ではない。
先天性の心臓病を持って生まれてきた息子はなにかと病気を盾にする。

そんな事じゃこれから就職して社会で通用しないよ。
今までずっと親や兄弟が助けてくれた。
でもこれからはそうはいかないんだよ、わからないのかなぁ・・

頭にきて電話を一方的に切った。
いつもならすぐに折り返しまた掛けてくる。
それなのに今回はかかってこなかった。

電話が来ないので夫が「オレが行こうか・・」という。
かかってこないから、良く探したら鍵があったとかじゃない?と思ったりもしたけど、
昨日は寒かったし、風邪引いてるし、・・電話をしてみた。
「何やってるの?どこにいるの?」

「いま、〇〇の前のセブンイレブン過ぎたところ。」
息子は歩いて帰って来ていたのでした。

咳をしながら帰ってきた息子はそのまま自分の部屋へ入って行きました。
風邪をひいて病み上がりの心臓病の息子を歩いて帰らせる私は鬼か?
別に夫に迎えに行ってあげてと言えば簡単な事だ。
でも私は具合が悪い事を盾にせずきちんと鍵が無いと正直に言って欲しかった。
もう一度電話をよこせば夫に頼もうと思っていたけど息子は歩いてきた。
とっても、とっても後味の悪い出来事で私はすぐに寝てしまいました。


結局自転車は駅の駐輪場。
今日の登校時はまた送らなければならないんですが、
今日学校はどうするの?と息子に振ってみました。
「昨日歩いて帰れたんだから今日も歩いて行きな。」と言ったら、
「歩けたけどすごく疲れたよー。送ってください。」と言ってます。

さて、どうしようかな・・

ロードレースのこと

先日のロードレースについて 疑問に思うことがあったので
校長先生にお手紙を書いてみたら すぐに時間をとって会ってくれました。 来年度の入試説明会とかあって お忙しいのに感謝です。
そこで思ったことは、、

学校と保護者は やはり一つになれない。

でした。 
息子の学校はちょっと特別な学校で、不登校の子や病気がちで長く入院したり欠席したり、という子にも これから頑張ってやり直したいという気持ちがあれば門を開いてくれます。 だから やはり不登校の子を中心に考えられているのかな? というのが率直な思い。 全部が不登校の子じゃないんだけどね。

学校長のお話としては、

見学者が役員として早く集合するのは 準備のためで仕方がない。
これは まあわかります。 30分で出来るとは思うけどね・・

あと、解散はなくて ゴールしたらジュースを飲んで もう帰って良かったんだそう。  これは何故かと言うと、会場には着替えるところがないので、走り終えて汗をかいているのに 後の子を待っている間に体が冷えて風邪をひいたりするのを防ぐため。 だそうです。
最後の子が走り終えるまで先生たちは残って見届けているから、頑張りはきちんと理解する。 というような事をおっしゃっていました。

これに関しては、そうは言ってもジュースを飲んで(水分補給ですね)友達とおしゃべりしている間にも 体はどんどん冷えるし 帰る途中だってバスを待って(現地には公共のバスで行きます)いたり電車を待っていたりするわけです。 それこそ 汗を拭くなりもう一枚着るなりして自己管理をする方が具体的な気がします。 自分が走り終わったんだから後の人なんて知らない。というのはどうかと思う。 クラスの子や友達を応援してあげた方が あの学校っぽい。
というのは、 あの学校は不登校の子も多いので
「クラスの子みんなが友達」 と指導していて 学校が嫌にならないようにいじめなどにはとても気を付けていて 息子も友達がとても増え みんなと仲良しなのです。
だからなおさら 友達を応援してほしかったんです。

罰のような課題。
というのは、体育の教科書33ページ まる写しでした。
これは、10㎞走る子は辛い。でも走り終えたとき それが困難であればある程達成できた時の喜びが大きい。
走らない子にもその喜びを知ってもらいたいので わざとわかっていながら大変な課題を出している。辛い思いをして写し終えたときに、大きな達成感と喜びがわかるはず。  
ということでした。 走る子も走らない子も 同じように辛くて大変な思いをして 達成する喜びを味わう・・・
10㎞走るのと 教科書33ページまる写しするのと 辛さが同等かはわからないけれど、それに関しては 良いことだと思いました。
でも、その課題に込められた先生の気持ちを伝えるべきだと思います。
多くの子は これは走らない罰だ。と受け止めています。

「役員が後片付け等で残されたのは、罰ではない。
これは学校の言い分と思われるかもしれないんですが・・・
これから社会に出て行った時、やりたくないこと、嫌なこと、
沢山あるわけです。 でもそういうことでも頑張ってやってもらいたい。」

これはちょっと納得できないですね。
頑張ってやる。 それは良いこと。
私も息子に少しは頑張らせたいです。
でも今回は 病気だから走れないわけです。
「走らない」 んじゃなくて 「走れない」 です。
それを残して仕事を頑張れ、は頑張る範囲ではない。
頑張って具合が悪くなって倒れたりしたらどうするんでしょう?

風邪をひかれたら困る、と早々帰すくらい学校は言い訳を考えて自衛するくらいだから、何かあるかも?と思われる事は避けると思うのです。
だから学校は 無意識のうちに?「走れるけど走らないだけで、仕事をやらせても大丈夫。」と思っているんだと思います。


私は息子の学校がとても良い学校だと思っているし好きです。
校長先生は とても熱心で公立の先生には珍しいです。
教科の先生たちも 熱心に根気強く補習などもしてくれます。
でもやっぱり 学校側、保護者側、は一線あるなーと感じます。
ただ逆の立場だったら同じになるだろう、とも思うのです。
保護者の中には モンスターペアレンツ、と呼ばれるような人もいるんだろうし(私は自分ではそれではないと思っていますが)いろいろな考えの人がいるわけで やっぱり学校もせざるを得ない自衛も必要なのでしょう。 
親は親で「自分の子供を守れるのは親だけ」と思うし、
お互いの立場を考えれば 致し方ないのかも知れないです。

本当は廊下ですれ違った時にでも 雑談ながら話したかったんですが、もう冬休み前で先生にお会いする機会もなさそうだったので、手紙を書いたら すぐに時間を作ってくださり、立派な校長室に通され お茶まで御馳走になりました。
心臓が悪くて体を使う職業にはつけないだろうから、何度も手術や入院をした経験を生かして、そういう病気の人の気持ちがわかる事を財産と考え、その人たちのカウンセラーになる、なんていうのはどうかな?
などと、アドバイス頂き、為になるお話を沢山伺いました。
それは考えた事のなかったことだったので、いろいろな人の意見は聞いてみるものだと思いました。
校長先生は 子供のために 一生懸命です。
 
息子はいじめられることもなく 楽しく学校に通っています。
これで 良し。 ですね。

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手作りと猫が大好きなぐうたらママ  布施さん命
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