ゆきたんぶろぐ

編み物の事だけ書いたブログを別にしました。 編み物だけ見たい方はこちらにどうぞ。 https://senachester7-amiami.blog.jp/

命日

3月31日

今日は母の命日でした。

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お墓参りに行って来ました。

あれから1年。
まるで昨日の事のようです。
でも、もうずーっと前の事のようにも思えます。

私はまだ母の死に正面から向き合っていません。
なるべく避けています。

先日、一周忌の法要も済ませました。

まだ向き合う気持ちにはなれそうにありません。


そして、四年前の3月31日。
私の乳がんの手術の日でした。

母は早く死にたいといつも言っていたけれど、私はまだ死にたくありません。
それはきっと私が幸せってことだよね?

あれもやりたい、これもやりたいといつも私が言っているので、
死に急いでいるみたいだよ、と言われました。
だってやりたいことがいっぱいあるんです。

まだまだ私は死なないよー!

父の命日

5月23日は父の命日でした。

3月に病気が分かって、あと3カ月と言われましたが3カ月は残されていませんでした。
息子が生後半年だったのでもう18年前のことです。
父は63歳でした。
私はお父さんっ子だったのでとても悲しかったですが、
それよりもほっとしたのを覚えています。

私は親不孝者なので、これで父を悲しませる心配がなくなった、
何をしても自由だ・・と思ったのです。
私は父の意に沿った生き方をしていません。

親が子に望む事、それは第一に健康だと思うのです、それは間違いありません。
次はたぶん幸せを願うと思うけれど、それは人それぞれ。
何が幸せなのか?

それは価値観が大きく影響すると思うので、
父や母の幸せと私の幸せは一致しない場合があります。
育った環境というのは、賛同できる事もあるけど反発する事もあります。

父の意に沿って生きてはいなかったので、
父が亡くなった時に私は大きな自由を感じました。
ものすごく大きな解放感でした。
それと同時に私をこの世に送り出してくれた片割れはもういないという喪失感。
自由と引き換えに責任感も大きかったです。

私は死んでしまった人は「無」になると思っているので、
よく、あの世から見守っている、等と言うのが理解できません。
それはたぶん残された人の心のよりどころとしている気持ちなのだと思います。
お墓も、亡くなった人の為よりも残された人の為のものだと思っています。
お墓にお参りして父に報告する、元気な姿を見てもらう。
自分の生きている形を心の中で整理しているように感じます。
父は、お墓に行かなくても心の中にいつもいるし、いつでも話が出来ます。

母の田舎は昔城下町でお侍さんがいた所のせいか、とても先祖にこだわります。
祈祷師に頼んで先祖を呼びだしたとか話をしたとか乗り移ったとか・・
真剣に信じてとても先祖を大事にして供養しています。
それは悪い事だとも思わないし信じるのも信じないのも自由だと思います。
何を信じるかなんてその人の自由です。

今、父のお墓には行かれないので実家の仏壇にお花を供えてきました。
父の大好きなカサブランカ・・いつもこの花です。

母は2kmほど離れた実家で一人暮らしをしています。
毎日のように、あれやって欲しいとか、これやって欲しいとか電話がかかってきます。
出来る限りはやりますが、いくらやっても満足には至らないようです。
今はなんとか一人で暮らしているけれど、具合が悪くなったら先のことは分かりません。

ちょっと心残りな事はあります。
父には最後まで病気の事を言わなかったので、人生最後の話を出来ませんでした。

何がしたかったのか?
自分の人生はどうだったのか?
残された人に何か言いたい事があるか?
本当はそれらの事を聞いておきたかったです。

父は父なりに思う事もあったでしょうが、はたから見れば好きな事をしていました。
何と言っても、年に何度も行った海外旅行は良い思い出だったでしょう。
今ほどは簡単に行かれる時代ではありません、$1が360円くらいの時。

色々な話は出来ずに、ちょっと眠りたい、と言ってそのまま亡くなりました。
何処も痛くない、苦しくない、ただ力が入らない・・と言っていました。
自宅で眠るように亡くなった父は幸せだったのではないかと思います。

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私はずっと母から干渉されてイヤだったので、今は幸せです。
自分の子供はどうかな・・・
自分が嫌だったから子供に干渉しないので、娘は放任主義だと思っているみたいです。
何と思われても良いよ、自由が一番良い。
自分のやりたい事をやるのが満足できる、結果もろとも自分の人生だから。
何をしていても、生きていてくれればそれでいい。
出来れば健康でね。


死んでしまったら「無」になると思っている私だけれど、
息子は「おじいちゃんが守ってくれている」と信じています。
みんな、自分に都合が良いように信じてるんだね~・・
それで心臓病から守られている気持ちになれるんだったら、良いよ。
それこそ、おじいちゃんも喜ぶというものだ。

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手作りと猫が大好きなぐうたらママ  布施さん命
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