ゆきたんぶろぐ

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お墓

父のお墓のこと

順調に確定申告の準備が進んでおりましたが、今日はちょっと心が重い。

昨日の夕方兄から電話がありまして一気に気持ちがずーんとね・・
現実に引き戻されたという感じ。
あえて考えないようにしているところもあるので。

父はすい臓がんで余命三か月と言われましたが、三か月持たずに亡くなりました。
子供に負担をかけたくないと何年も前から自分の墓地を用意してあり、
墓石も建て準備してあったんです。
元気なうちにそんなこと・・と思いましたがそういうこともあるんですね。
でもそんな父のお陰で兄と私は本当に助かりました。

その父のお墓は福島県の原発で有名になってしまった富岡にあります。
生家から徒歩5分くらいでしょうか、先祖のお墓もそこにあります。
先祖のお墓があるお寺の檀家になったのです。

年に4回もお墓参り、春と秋のお彼岸、お盆、年末の檀家のお勤め、
墓守は結構大変です。
母と兄、母と私たち、行かれる人が交代で必ず行っていました。

本家の従妹は父がお墓を購入するにあたり迷っている時に
「叔父さん、俺の子供の代になったら分からない。でも俺の代では叔父さんの墓も見るよ」と
言ってくれ、父は決心したそうです。
従妹の子供は娘が二人です、お嫁に行ったらその先は分かりません。
父との約束通り、従妹はいつもお墓を綺麗にしてくれていました。
田舎の大きな広い墓地のお墓です、よく分からないけど6畳くらい?あります。
玉砂利も敷いてあります。
暑い日も寒い日も綺麗に掃除してあり雑草1本生えていませんでした。
「掃除は私たちがするから」というと、
「俺は叔父さんに可愛がってもらったから良いんだ、約束したんだ」と従妹は言いました。

そのころはまだ常磐道もいわきまでしか来ていなくて、
そのうち富岡まで延びるからと言われていました。
その割にはなかなか延びなかったけど富岡まで来たら本当に便利でした。
それでも年に4回は大変なので、母が亡くなってお墓に入ったらもっと近場に移そうよ、
従妹の代も終わってしまう時が来るんだし・・と話したこともあったのですが、
父が死んだら故郷に帰りたいと自分で選んだんだし・・・
父の意志も尊重したいしな~・・と兄と話していました。


そこへあの震災です。


富岡は第二原発があります。
父の実家とお墓は夜ノ森寄りなので第一原発から7Kmくらいのところです。
その後の事はもう触れたくありません。
親戚はたくさんその近辺にいますが現在は避難して取りあえず落ち着いています。

実は、私は震災後一度もお墓に行っていません。
しばらくは立ち入ることも出来ませんでしたが今は日帰りなら入れます。
震災は誰のせいでもないけれど、原発は人間のせいです。
父のお墓は石碑が倒れて、その倒れた石で供台が割れたそうです。
入れるようになってから直してもらいました。

一度もお墓参りに行かれないのは私に勇気がないからです。
見るのが怖いんです。

父が愛した福島県の変わり様を見る勇気がありません。
今は毎回、母と兄が行っています。
行くと牛がいたとか、イノシシがいたとか言いますが、
何故か私にはあまり細かいことを言いません。
何となく私が触れたくないと思っていることに気が付いているのかな・・・

酷い娘だと自分でも思っています。
でもなるべく考えないようにして今まで過ごしてきました。
そしたら、昨日の兄の電話。

人が住めない地域なので、お墓の移転の補償の話が出始めたそうなのです。
それもまだ先ではありますが、あと半年とか一年とかの話。
いよいよ本気で考えないといけない時が来たのですね。

毎日猫ブログを見ています。
福島の犬や猫のレスキューに毎週行って下さってる人がいらっしゃいます。
見たいけど、見れない・・・
ちょっと見ては可愛そうな画面になると消す・・
根性なしです。

子供の頃夏休みになると、1か月とか汽車で行って過ごしました。
冷たかった学校のプール。
崖の花?って言ったと思う、川で泳いだり、
羽山様(漢字わからず)の盆踊りは街灯もなく真っ暗で怖かった。
鮭が上ってくる請戸、父とよく鮭を買いに行ったっけ。
夜ノ森の桜。
また春になったら咲くのかな・・誰も見てくれないけれど。

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夜ノ森の桜です

父のお墓

過ぎてしまいましたがお彼岸でした。

連休は仕事だったので21日の彼岸の入りに実家に行ってきました。
父が大好きだったカサブランカとシンビジウムを買っていき、
おはぎとともにお供えしました。

父のお墓は福島の原発のある富岡町なので今まで避難区域で入れませんでした。
父の墓石が地震で倒れていると本家の跡をとっているいとこから聞いていましたが、
入れないのでどうすることも出来ませんでした。

いとこは福島市内に避難しています。
本家のお墓がある境内に父は自分で自分のお墓を生前のうちに用意して逝きました。
子でも達(兄と私)に負担にならないように、との父の思いです。

最近、住人以外でも一時的になら入ることが出来るようになり、
春のお彼岸に兄がお墓を見に行ってきました。
教えてもらった通り墓石が倒れていたそうです。
他のお墓もみんな墓石が倒れていたと言っていました。

その時にちょうど市内から来ていた本家のいとこに会い、
本家は墓石を直す予定だけど叔父さん(私の父)はどうする?と聞かれたそうで、
兄は一緒に直してもらいたいと伝えたそうなんです、後から聞きました。

私は本心は父のお墓をこちらに移したいです。

でもお墓を移動するということは簡単ではなくて、檀家としての務めや宗派云々、
こちらのお墓はすごく高いし、一つ返事で「はいよっ!」って訳にはいきません。
第一、死んだら自分が生まれ育った福島の実家のお墓へ、という父の遺志があります。
さすがに父は跡取りではないから自分の親と一緒のお墓にははいれませんから、
そこで自分で用意したわけです。

田舎のお墓はとても大きくゆったりとしています。
墓石は大きく、玉石を敷きつめて灯篭も建てました。
こちらでその広さのお墓を用意するなんて到底できません。

もう少し様子を見てからでもいいんじゃない?
どうせ今まで原発で入れなくて放っておいたんだから・・
お彼岸の数日前も震度5強の地震がありました。
今直してもまた倒れたりしちゃうんじゃない?・・・


でも、今回のお彼岸前にお墓は直ったそうです。
お墓が直ったということは、お墓詣りも再開しなくてはなりません。

でも・・私は東電は信頼できないので私は富岡に行きたくありません。
お墓も簡単に移動することはできません。
何だかもんもんとした気持ちでいます。


父が生前、自分のお墓を富岡に用意しようと考えたとき、
今、跡をとっているいとこに相談したそうです。
その時、高速道路が富岡まで延びて私たちが川口から通いやすくなる、
というのも決定打になったらしいです、その時はまだいわきまでしか通っていませんでした。
田舎はまだ長男が跡取り、墓守は当然の務めという時代。
いとこは娘が二人なので、
「叔父さん、俺が生きてる間は叔父さんの墓も俺が守るよ。
でも娘の代になったら約束は出来ない、娘にも意志があるから。
それでも良かったらここに墓を買えばいいよ、」といったそうです。 
いとこは父との約束通り、ずーっと実質的な墓守をしてくれました。
私たちは金銭的な檀家の務めと年に4回の墓参りだけ。
夏の暑い日も、冬の寒い日もいつもきれいにお墓を掃除してくれていました。
いとこにお礼を言うと、
「俺は叔父さんにいつも可愛がってもらったから。」と言ってくれます。

いとこは娘が二人。
一人はお嫁に行きましたが長女は残っています。
一応、跡取り、というのも足かせになっているかもしれません。

今後、母も亡くなったらあそこに入るでしょう。
もはや現在は長男長女だらけの家族制度。
私は嫁に行った身ですから実家の跡取りは兄。

兄は娘が一人だけ・・・
その娘は「私は三軒の墓守なんて出来ない」と嘆いています。
自分はお嫁に行きたいから、
①嫁入り先のお墓
②実家のお墓(親である兄、私の父のお墓、福島)
③母方のお墓(親である兄の嫁の実家も義姉が見るしかない状態、静岡)
中学3年生の姪が悩まなきゃならないなんて可愛そうです。

これから先・・

私は自分が死んだら山に散骨で良いなぁと考えています。

父の命日

5月23日は父の命日でした。

3月に病気が分かって、あと3カ月と言われましたが3カ月は残されていませんでした。
息子が生後半年だったのでもう18年前のことです。
父は63歳でした。
私はお父さんっ子だったのでとても悲しかったですが、
それよりもほっとしたのを覚えています。

私は親不孝者なので、これで父を悲しませる心配がなくなった、
何をしても自由だ・・と思ったのです。
私は父の意に沿った生き方をしていません。

親が子に望む事、それは第一に健康だと思うのです、それは間違いありません。
次はたぶん幸せを願うと思うけれど、それは人それぞれ。
何が幸せなのか?

それは価値観が大きく影響すると思うので、
父や母の幸せと私の幸せは一致しない場合があります。
育った環境というのは、賛同できる事もあるけど反発する事もあります。

父の意に沿って生きてはいなかったので、
父が亡くなった時に私は大きな自由を感じました。
ものすごく大きな解放感でした。
それと同時に私をこの世に送り出してくれた片割れはもういないという喪失感。
自由と引き換えに責任感も大きかったです。

私は死んでしまった人は「無」になると思っているので、
よく、あの世から見守っている、等と言うのが理解できません。
それはたぶん残された人の心のよりどころとしている気持ちなのだと思います。
お墓も、亡くなった人の為よりも残された人の為のものだと思っています。
お墓にお参りして父に報告する、元気な姿を見てもらう。
自分の生きている形を心の中で整理しているように感じます。
父は、お墓に行かなくても心の中にいつもいるし、いつでも話が出来ます。

母の田舎は昔城下町でお侍さんがいた所のせいか、とても先祖にこだわります。
祈祷師に頼んで先祖を呼びだしたとか話をしたとか乗り移ったとか・・
真剣に信じてとても先祖を大事にして供養しています。
それは悪い事だとも思わないし信じるのも信じないのも自由だと思います。
何を信じるかなんてその人の自由です。

今、父のお墓には行かれないので実家の仏壇にお花を供えてきました。
父の大好きなカサブランカ・・いつもこの花です。

母は2kmほど離れた実家で一人暮らしをしています。
毎日のように、あれやって欲しいとか、これやって欲しいとか電話がかかってきます。
出来る限りはやりますが、いくらやっても満足には至らないようです。
今はなんとか一人で暮らしているけれど、具合が悪くなったら先のことは分かりません。

ちょっと心残りな事はあります。
父には最後まで病気の事を言わなかったので、人生最後の話を出来ませんでした。

何がしたかったのか?
自分の人生はどうだったのか?
残された人に何か言いたい事があるか?
本当はそれらの事を聞いておきたかったです。

父は父なりに思う事もあったでしょうが、はたから見れば好きな事をしていました。
何と言っても、年に何度も行った海外旅行は良い思い出だったでしょう。
今ほどは簡単に行かれる時代ではありません、$1が360円くらいの時。

色々な話は出来ずに、ちょっと眠りたい、と言ってそのまま亡くなりました。
何処も痛くない、苦しくない、ただ力が入らない・・と言っていました。
自宅で眠るように亡くなった父は幸せだったのではないかと思います。

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*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜


私はずっと母から干渉されてイヤだったので、今は幸せです。
自分の子供はどうかな・・・
自分が嫌だったから子供に干渉しないので、娘は放任主義だと思っているみたいです。
何と思われても良いよ、自由が一番良い。
自分のやりたい事をやるのが満足できる、結果もろとも自分の人生だから。
何をしていても、生きていてくれればそれでいい。
出来れば健康でね。


死んでしまったら「無」になると思っている私だけれど、
息子は「おじいちゃんが守ってくれている」と信じています。
みんな、自分に都合が良いように信じてるんだね~・・
それで心臓病から守られている気持ちになれるんだったら、良いよ。
それこそ、おじいちゃんも喜ぶというものだ。

お墓参り

お彼岸でしたので、父の墓参りに行って来ました。

父のお墓は、福島県双葉郡富岡町と言うところにあります。
父は生前、子供たちに負担をかけたくないと、墓地を買い墓石を建て、
すべて自分でやって逝きました。
63歳で一生を終え、今年は17回忌でした。
父は7人兄弟の末っ子で、兄弟はすでに皆故人となっているので
私たちだけで、お坊さんにお経を唱えていただき、あげ法事にしました。

お墓は、父の生家のお墓と同じお寺にあります。
末っ子ですから、本家のお墓には入れません。
甘えん坊のお母さんっ子だった父は、親と同じお墓に入りたかったかも
知れません。せめて、親と同じお寺に入りたかったのでしょうか。
死んだら、生まれ故郷に帰りたかったのでしょうか。
どんなつもりで、そこにお墓をきめたのか。

二回のお彼岸、お盆、暮れのお勤め。
今流行りの、永代供養の庭園墓地とは違って、お寺の檀家になるわけですから、
いろいろとあり、一年に4回もお墓に行きます。
父の生家から歩いて5分もあれば着くお墓。

父の生家も代が代わり、今は従兄の代です。
年に4回も、わらわらと従兄やら伯母さん達がやってくるのも
どうかと思うんですが、すぐ近くのお墓参りに来て実家に顔を出さない、
というのも、なんですよね・・
従兄(実際は従兄のお嫁さんだと思うんですけど)がいつも、
お墓の掃除もしてくれて、綺麗にしてくれています。
私たちは、お花を供えて檀家として、お布施を勤めるだけ・・
申し訳ないから、掃除はお墓参りの際にするから、というと、
「叔父さんの墓なんだから」と言ってくれます。
私たち従兄同士の間は、お墓は守るよ。
でも、そのあとは何にも約束できないけど、と・・

父の実家を継いでいる従兄は、娘が二人。
今のご時世からして、二人ともお嫁に行くかも知れません。
ずーっと続いている墓守がある家になんか、婿養子など
なかなか来てくれる人もいないでしょうし・・

私は兄と二人兄弟。
兄は、将来はお墓を近くに移したいように言っていますが、
父が自分で建てたお墓ですから、どうしたものか?と思います。
生まれ故郷で眠りたいんじゃないの?と思うし、
福島は、行かれない距離ではないけど、
年に4回も日帰りするのは、結構負担です。
ま・兄のところも娘が一人きりだから、どうなることか・・・?
先のことは誰にもわかりませんけど。



お出かけが続いて、少々くたびれました。
今日はのんびりと家事をしています。
私には共働きなんて、とても出来そうにないです。

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手作りと猫が大好きなぐうたらママ  布施さん命
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